第9話 ゼニジャー☆愛の小判 の巻

こうしてゴンゾウとゼニジャーは、将軍よりおおせつかった任務を果たすべく、暗闇の中、あのボロ長屋目指して出発した。


「ここじゃよ」

ゼニジャーにそう言われ、ゴンゾウはボロ長屋の前で立ち止まった。


「ひでぇありさまだ」

やはりゴンゾウも、ゼニジャーと同じ言葉をもらした。


「家はこんなオンボロじゃが、ここにいる人たちはみんな、心は豊かじゃよ」

ゼニジャーは、昼間の出来事をゴンゾウに話した。


「やはりあのタケノコ売りは、価値ある男だったようだな」

タケノコ一本の代金として男に小判を渡したゴンゾウは、納得したようにうなずきながらほくそ笑んだ。


「ああ、ゴンゾウ親分の見立て通りの男じゃったよ」


空にはまん丸に太った月が輝いている。


いつも真夜中に仕事をしているゴンゾウとゼニジャーなら、この月明かりさえあれば十分見える。


『ガサガサガサ』


突然、背後から物音がした。


ゴンゾウとゼニジャーは、サッと背中を合わせ、辺りをグルッと見渡した。


すると、オンボロ長屋の前に小さな弱々しい光が四つ、浮かんでいた。


「なんだ、タヌコウか」

緊張が解けたゴンゾウは、フッと息を吐き、肩を下ろした。


『ガサガサガサ』


二匹のたぬきは、クルッとまわって、オンボロ長屋とは反対の方向へと走って行った。


「こんなオンボロ長屋なら、タヌコウも簡単に忍び込めるのじゃろうな」

ゼニジャーがそう言うと、

「タヌコウならまだしも、熊でも押し入って来たら大変だぜ」

と、ゴンゾウは心配そうな顔をした。


たしかしこんなオンボロ長屋、熊がヒョイと壁を押せば、簡単にくずれてしまいそうだ。


「とにかく、この長屋をなんとかしてやらんといかんな」

ゴンゾウの言葉に、ゼニジャーも大きくうなずいた。


「で、そのタケノコ売りの家はここじゃ」

と、ゼニジャーは一番手前の家を指差した。


すぐにゴンゾウは顔を上げ、屋根を見た。


いつもなら屋根に飛び乗り、屋根裏から忍び込むのだが、このオンボロ長屋ではそうはいかない。


もしかしたら、ゴンゾウが屋根に飛び乗ったとたんに、家がくずれてしまうかもしれない。


そんな心配がよぎるほど、オンボロなのだ。


「ゴンゾウ親分、この長屋はオンボロすぎて、壁にすき間がいっぱいある。そこから放り込むのが手っ取り早いじゃろ」


「ああ、そのようだな」


こうして、屋根から忍び込むのはやめにして、壁のすき間から小判を放り込む事にした。


「よし。まずはオイラが偵察してくる」

そう言ってゼニジャーは、壁のすき間から家の中へと忍び込んだ。


ゴンゾウも、壁にピッタリと体を付け、すき間から中をのぞいた。


家の中のようすを見たとたん、ゼニジャーとゴンゾウの口が、あんぐりと開いた。


居間には、タケノコ売りの両親と思われる年老いた男女二人と、妻と思われる若い女性、その隣には赤ん坊が横たわっている。


この5人で居間は満員。


そして、肝心のタケノコ売りの男はというと、なんと、釜戸の前で眠っていた。


こんな狭い部屋に5人も住んでいるなんて……


しかも、全員布団ではなく、ゴザを掛けて眠っていた。


「布団すら買えないとは……」

あまりに気の毒すぎて、ゼニジャーは怒りまでわいていた。

また、壁のすき間からのぞいていたゴンゾウも、同じ思いでいた。


二人は目を合わせた。

(将軍様は、こういった人たちに銭を配ってなんとかして救おうとしている。その心意気は尊敬する。だがよ、本来なら、こんな風になっちまう前に手を打ってやるべきなんじゃあねぇのか?)

そんな思いが、二人の中でうず巻いていた。


しかしそう思ったところで、今ゼニジャーとゴンゾウに出来る事は、将軍に言われた通り、小判を配ることだけだ。


だからすぐに二人は気を取り直した。


ゼニジャーは、壁のすき間からのぞいているゴンゾウに、目配せをした。


うなずいたゴンゾウは、持って来た小判を壁のすき間から、家の中へと放り込んだ。


今度は一枚だけでなく、たくさんの小判を放り込んだ。


音を立てないようにとそっとそっと、放り込んだ。


しかし、たくさんの小判が床に落ちた瞬間、小判のぶつかり合う音が、シーンと静まり返った家の中でかすかに響いた。


ゼニジャーとゴンゾウは、あわてて寝ている5人を見た。


だが大人達は身動き一つしない。

きっと昼間いっぱい働いたせいで、疲れ切っているのだろう。


しかし、

「ふむ、ふむ、ふむ……」

赤ん坊が小さな声を上げた。


すぐに、母親と思われる若い女性が赤ん坊のお腹に手を置き、トントンと優しく叩いた。


ゴンゾウはサッと体を引き、その場を離れた。


それと同時にゼニジャーは、ゴンゾウがのぞいていたすき間から、外へ出た。


その途端


「うぎゃ〜、うぎゃ〜」

赤ちゃんが泣き出した。


「さ、今のうちに片付けるぞ」

もうすでにゴンゾウは、隣の家の前にいた。


オンボロ長屋中に赤ん坊の泣き声が、とどろいている。


さぁ、これで小判をたくさん放り込んでも、赤ん坊の泣き声で、音はかき消されるだろう。


ゴンゾウは、急いで小判を手に取った。


ゼニジャーはすでに、隣の家の壁のすき間から忍び込んでいた。


やはりこの家の者も、布団代わりにゴザを掛けて寝ていた。


「これで少しは生活が楽になるだろうよ」

そう言ってゼニジャーは、壁のすき間から中をのぞいているゴンゾウに合図を送った。


すぐにゴンゾウは、たくさんの小判を放り込んだ。


そしてまた隣へとうつり、たくさんの小判を放り込んだ。


そしてまた隣へ……


こうして、あっという間に最後の家になった。


そこは、おさよの家。


扉はなく、ゴザを垂らしているだけの家。


ゴンゾウは顔をしかめた。

(こんなんじゃ、タヌキだって熊だって誰だって、よういに入って来れるじゃねぇか)


そんなやるせないな気持ちのまま、ゴンゾウはヒョイと扉代わりのゴザをめくった。


家の中は、母親とおさよの二人きり。


もちろん、他の人たちと同じように、布団はなく、ゴザを掛けて寝ている。


「母親は病気だって言ってたんじゃ。これじゃあ、なかなか良くならねぇよ」

ゼニジャーの胸にも、やるせない思いが込み上げていた。


「しかも、女性二人だけなのに、これじゃああまりに不用心すぎる」

辺りをぐるっと見渡しながら、ゴンゾウはつぶやいた。


「昼間、タケノコ売りが、ゴンゾウ親分にもらった銭で、扉を付けてやると言っておった。今までは、扉が手に入らなくて直せなかったんじゃと。本当にあいつは価値あるヤツじゃ」

と、ささやくような声で、ゼニジャーは言った。


「ほぉ、たいしたヤツだ」

ゴンゾウも、ささやいた。


そして、たくさんの小判をその場に置くと、空になった千両箱をヒョイと背負い、ゴンゾウは軽い身のこなしでその場を去った。


すぐにゼニジャーもその後に続いた。


これでこの日の任務も無事終了。



次の日の朝、このオンボロ長屋が大騒ぎになった事は、言うまでもない。


そしてこのオンボロ長屋の住人は、みんなでお金を出し合い、真っ先に家を直した。


だから、おさよの家にも無事扉が付いた。


もちろんみんな、布団も買った。


おさよの病気の母親は、薬を買う事もでき、元気を取り戻した。


さらにタケノコ売りの男は、山の木を使って小さな仏像を掘った。


仏様を入れる、小さなほこらも作った。


それを長屋の中央に置き、みんなで手を合わせ、日々感謝の気持ちを伝えた。


みんな心から感謝していた。





いっぽうのゼニジャーとゴンゾウは、すぐにまた、別の貧しい人たちを探すべく、動き始めていた。


そして、次に配る小判を将軍から受け取るために、いつもの日の出の時間、いつもの茶室の裏手に、ゴンゾウはやって来た。


それにしても今日は、日の出の時間だというのに、まだ辺りが薄暗い。


空には真っ黒な雨雲が立ち込めている。


「ひと雨来そうだな」

ゴンゾウは、自分のふところに向かってそう言った。


「ああ、こりゃ降りそうじゃな」

ゴンゾウのふところから顔を出したゼニジャーは、空を見上げた。


「さ、早く用事を済ませよう」

そう言ってゴンゾウは、軽い身のこなしで茶室の屋根に登ると、スルスルッと屋根裏に忍びこみ、将軍が来るのを待った。



しかし、待てど暮らせど、将軍は現れない。


今までこんな事は一度もなかった。


さっき見た雨雲のように、ゴンゾウの心の中にも黒い雲がモクモクと立ち込めていた。


ゴンゾウのふところの中にいるゼニジャーも、同じだった。


「きっと何かあったに違いない……」


『ザッザッザッザッザッザッザッザッ』


急に屋根から激しい雨音が伝わってきた。


〜つづく〜

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