第6話 帰艦

 なるほど。

 敵勢力は来週18日〇二○○まるふたまるまる時に大規模作戦を実施……か。

 白紙に書き綴ると、俺はバイオネットに乗り込む。

 いつまでもいちゃいけない。

 先ほど火月の機体ダークフィザードが見えた。

 となれば母艦も近い。

 俺がバイオネットで宇宙に出ても帰るふねがある。

 なら宇宙を彷徨うことはない。

 あとはこの場を離れるしかない。

 大熊のバイオフィルムに記載されていた大規模作戦を書き込んだ資料を手にする。

 機体の配置から二十通りに渡る戦略が記載されていた。

 これは頼りになる。

 俺は機体を起動させる。

『何をやっている!? 内藤!!』

『バイオネットが、動いている……っ!?』

『本部へ通報。スクランブルだ!』

 整備用フレームをひしゃげ、ハンガーから飛び出す。

 スペースポートに向けて進路をとる。が。

 眼下に浮かぶ格納庫に向けてハンドガンを撃ち抜く。

「ついて来られてはかなわん。反撃を封じる」

 榴弾が格納庫を破壊していく。

 エンジンを噴かし、スペースポートから宇宙へ抜けていく。

 外は意外にも静かだ。

 近くに母艦はいないのか?

 救援信号を発信し、政府軍の暗号魔書を送る。

 魔導残量を調べると、戦艦クラスの残量マナを感知。

「いる」

 俺は残滓を這うようにバーニアを調整する。

 警告音がコクピット内に響き渡る。

 戦艦からの魔導武器が火を噴く。

 バイオネットのマニピュレータに白旗を持たせて接近する。

 臨検のためのシャトルがこちらに向かって飛翔する。

 宇宙服を着て、コクピットハッチを開放する。

 俺は魔導通信回線を開き、マナの流れにのせて告げる。

「認識番号0000920の内藤侍だ。敵勢力から新型機を奪還。着艦許可をもらいたい」

『内藤。少し待て』

「了解」

 シャトルが横付けされると中から見慣れた兵士がやってくる。

『加藤、佐藤』

 俺は彼らの名を呼ぶ。

 じわりと涙を浮かべる二人。

『内藤!』

『こいつ、無事だったか……!』

 口々に俺の帰艦を喜んでいる。

 ああ。俺は生きていて良かったんだな。

 孤児院にいるときから、ずっと一人だった。

 独りぼっちだっと思っていた。

 でも俺はここに帰ってきてよかったんだ。

 最初から俺が求めていたものはここにあったんだ。

「ああ。ああ……!」

 俺は加藤と佐藤に抱きしめられ、背中をポンポンと叩く。

 お互いの安否を確かめ合うと、バイオネットを戦闘艦エアラリスに寄せる。

 三隻の戦艦が魔導探知魔法にかかる。

 これだけの艦隊を引き連れているというのはどういうことだろう。


 LiONデッキにバイオネットを固定すると、俺はコクピットハッチから降りる。

 整備兵に囲まれて、事情を説明することとなった。

「もうびっくりしちゃった!」

 雫が喜色満面の笑みで抱きついてくる。

 しどろもどろになりつつも、俺は説明を重ねた。

「生きていてくれて、帰ってきてくれて嬉しいよ!」

 それはテンションからも分かる。

 雫は素直な子だ。

 それが嬉しい。

 俺はやっぱりこちらに戻ってきてよかった。

 でも、反政府組織。

 彼女らも悪い人ではなかった。

 ただ単に意見が食い違い、思想が違うだけ。

 それだけなのに。

 なんでこうも傷つけ合うのか。

 人はどうしてこんなにも……。

「どうしたの? 内藤くん」

 浮かばない顔をしていたせいか、雫は不安そうな顔をする。

「なんでもない。ただ反政府組織には大規模作戦がある。艦長に報告する」

「うん。さすが内藤くんだね」

「……そうでもないよ」

 苦虫をかみつぶしたような思いで言う。

 作戦を打ち明ければ、政府軍はその全力を持って反政府組織を潰しにかかるだろう。

 そんなのは嫌だ。

 でも、そうしなければ、火月のように被害を出してしまう。

 廊下をしばらく歩いていると、目の前に火月が見える。

 俺の部屋の前で待機していたらしい。

 一瞥くれたあと、俺は部屋のカギを開ける。

「おい。帰ってきてそれか?」

 火月がキッと睨んでくる。

「なんだ?」

 顔を火月に向けると、その顔は複雑な笑みを浮かべていた。

「たいそうなLiONを持ってきたそうじゃないか。てめーはそれでいいのかよ?」

「どういう意味だ?」

「はっ。てめーはヒーローのつもりか?」

「そんなんじゃ……」

「けっ。反吐が出るぜ」

 火月はそれだけを言い残し去っていく。

「何が言いたかったんだ?」

 俺は独りごちると、部屋に入りデータをまとめて報告書を作成する。

 あとはこれを艦長に提出するだけ。

 この数ヶ月にあった出来事が、どれだけ政府軍に恩恵をもたらすのか。

 寒々しい思いが刺すような痛みをもたらす。

 振り返ってみれば、食堂のおばちゃんからリリアに至るまで、俺を受け入れてくれた。

 だけど。

 じわりと汗が滲む。

 本当にこれでいいのだろうか?

 だが、俺は雫を、火月を守りたい。


 艦長室におもむき、データを提出する。

「さすがだ、内藤」

 艦長はにまりと笑みを浮かべる。

「さっそく司令本部に連絡し、罠を張る。これで終わる。反政府組織を撲滅できる」

「艦長」

「なんだ?」

「……いえ」

「あちら側にいて、同情でもしたか?」

 図星だった。

 でもそれを顔に出さないことが俺にはできる。

「あいつらはこの世の秩序と安定を否定し、世界に変化をもたらす。今、世界がゆっくりと統治されようとしているのに、だ。彼らは自分たちが優秀な人類と勘違いしているのさ」

「つまり?」

「政府高官を否定できる、かっけーやつ、と」

 そんなふうには思えなかった。

 思いたくなかった。

 彼ら彼女らも必死で生きていた。

 支援したいという者もいた。

 二児の母で、それでも役に立ちたい。その考えを支えたい。

 そう思っている連中はごまんといた。

「よくやった。内藤。あとはゆっくり休め。あれの奪取も」

「はい」

 自室に戻ると、俺は枕にシミを作る。

 誰だって死にたくはない。

 誰も戦いなんて望んでいない。

 そのはずだった。

 そうであったはずだった。

 だが、世界はなんでこうも簡単に分かたれるのか。


 半日休むと、やることがなくて俺はバイオネットに向かって行く。

 あの性能は整備兵も驚いているようで、改良を加えていた。

「こいつには最新設備を整えたい」

「やはり実戦で使うのか?」

「そりゃそうだ。この艦をちゃんと守ってくれよ。内藤」

「ああ。それはいいが……」

 彼女らを撃てるだろうか、俺に……。

「大丈夫だ。分かっている」

「しかし、大熊がスパイだったとはね……」

 整備兵にも知れ渡っていたか。

 艦長に報告したとき、周囲に人はいなかったはずだ。

 にも関わらず情報が漏れているとは。

 船体が軋む音がする。

「なんだ? 方向転換か?」

「まさか……」

 反政府軍の大規模作戦『ジャガーノート』はプラネットアースで行われる。

 ここから3ロックドほどある、我らが母なる大地。

 そちらに進路を向ける――ということはこの艦も戦線で戦うのだ。

 俺は、戦いたくはない。

 彼女らの素顔を知ってしまった。

 リリアともできれば戦いたくはない。

 俺の命を救ってくれたのだ。

 それを否定できない。

 俺は、どうすればいいんだ。


 迷いを覚え、血を知り、仲間と呼ぶべき相手を見失い。

 それでもなお、俺は軍人としての務めを果たさなくてはならない。

 俺がプラネットアースを守る。

 守るんだ。

 だから、俺は……。

 小さく握り拳を作ると、俺は奥歯を噛みしめる。


 やるしか、ないのか……。


 哀しみとざわつきが収まらない。

 俺はどうしたいんだ?

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