第5話 スパイ
「わたし、納得できません! こんな報告書」
雫は好戦的な視線で上官である艦長を睨む。
「そんなことを言われても、私も本部に掛け合ってみたわ。でも返答は同じよ。これ以上、いもしない死者を捜索することに意味はない、と」
「そんなっ!!」
「諦めなさい。もう一ヶ月も経つのよ。もう彼は……」
苦虫をかみつぶしたような顔をする艦長。
パイロットスーツの酸素ボンベは23時間で尽きる。
宇宙空間を彷徨っているなら、すでに……。
言葉にはしたくないが、雫が知らないわけがない。
ぐっと握り拳を固めて艦長室から立ち去る雫。
雫は内藤が生きていると肌で感じ取っていた。
(わたしだけでもLiONを出撃させることができれば……)
内心呟くが、反旗するわけにもいかない。
(戦場に居れば、彼とまた会えるかも……)
爪を噛んで雫は落ち着きを取り戻す。
「てめー。まだ内藤を追おうとしてんだろ?」
火月が赤い髪を揺らしながら近寄ってくる。
雫はその顔に心底うんざりしていた。
内藤がいなくなってから、火月からのアプローチが強くなってきた。
さすがにうざい。
毎日のように食事を一緒にしようとするし、会話しようと必死なのが伝わってくる。
だが、その口の悪さ。素行の悪さは目に余る。
この間も食堂で文句をグチグチと言っていた。
『うまいもん、食わせろ! お客様は神様だろ!?』
とキレていたのを思い浮かべてしまう。
狙撃手、としての彼は十分に強いのだが……。
内藤を執拗にライバル視していたのも気になる。
「無駄だぜ? 内藤は死んだ。諦めろ」
火月はニタニタと笑みを浮かべながらデータを提示してくる。
「あんたに何がわかる。わたしのことは放っておいて……!」
「あ。てめーっ!」
火月は追ってこようとするが、女子トイレに逃げ込めばついてはこれない。
「ちっ。心配してやっているのに」
火月はそう吐き捨てると、トイレから離れていく。
その言葉を聞かずに雫は一人になる。
「寂しいよ。内藤……」
震える自分の肩を抱く雫。
「愛していたのに……」
その言葉は誰にも届かずに空気とない交ぜになり、霧散する。
☆★☆
施設内が騒がしい。
俺は起き上がると、状況を確認するため、ベッドから立ち上がる。
廊下に出てみる。
兵士たちが行き交う。
「どうした?」
俺が訊ねると、一人の兵がこちらに顔を向ける。
「ああ。友軍だ。こちらに情報提供をしてくれるだろう!」
勇み喜ぶ兵たち。
唐突に
「なんだ?」
「分からない。内藤はバイオネットにて待機せよ!」
「了解」
俺は急ぎLiON格納庫に向かう。
足を速めるとデッキにたどりつく。
パイロットスーツに身を包み、バイオネットに乗り込む。
機動オプションを見やり、各兵装を起動。
全システムオールグリーン。
操縦桿を握り、脳髄から溢れるMPを同期させる。
固定された整備フレームを解除。
バイオネットの歩を進めると、格納庫から出撃する。
機体に装備されたハンドガンを引き抜く。
狙いを定める。
その先にはダークフィザードが見える。
火月!?
俺は彼の攻撃をよける。
狙撃するさい、あいつは左マニピュレータを動かすクセがある。
かわしたことに苛立ったのか、もう一撃。
発射された弾丸はバイオネットの頬をかすめていく。
俺は機体を流し、ハンドガンで狙い撃つ。
発射された弾丸はダークフィザードの右肩を穿つ。
撤退を開始する火月。
しかし、なぜコロニー内に火月が……。
コロニー内での戦闘は条約違反だぞ。
『よくやったね。内藤』
隣で併走するリリアの乗るLiONトネール。
電磁バリアを張り、警戒をしている。
『しかし、一機だけね。どういうこと?』
「分からない」
あいつが俺の仇討ちなんてするわけない。それも軍紀違反をして単独出撃などあり得ないのだ。
だけど。
この時はそう思えた。
思ってしまった。
『しかし、なぜこのタイミングで……』
「……友軍?」
バイオネットに乗る前に聴いていたことを思い出す。
『ええ。機体をB131に牽引させるね。オートバランサーをニュートラルに』
「了解」
機体をコロニー内壁に接岸すると、コクピットから降りる。
「よくやった!」
「さすがだな」
「やはりリリアが選んだだけのことはある!」
皆が口々に俺の功績を讃える。
でも、俺はこの場での戦闘がいやなだけで魂まで売ったつもりはない。
整備兵の集まりの向こう。そこにも人だかりができていた。
その中で筋骨隆々な男が見える。
「ああ……あれは……」
大熊!?
なぜここに大熊がいる。
彼に気がつかれないよう、俺は機体を整備兵に任せ、一人自室に向かって走り出す。
彼がここにいる理由を知りたい。
俺はバイオフィルムの解析を行い、大熊のホストに侵入する。
そこには二枚のバイオフィルムが搭載されていた。
一つは政府軍の。そしてもう一つは反政府組織のバイオフィルムだ。
「なんで内藤はここに隠れているね?」
リリアは俺の部屋に入ってきて、言う。
「なんだ。急に。それにノックもなしに個室に入ってくるなんて無礼千万」
「君、動揺すると饒舌になるねー」
「……っ」
小さくうめく。
「まあいいさ。君はあの大熊と会いたくないのね?」
「そんなことはない。ただ疲れただけさ」
「そう。ならそういうことにしてあげるね。でも、あの男は君のことを放っておかないと思うけど……?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ」
大熊がスパイなら政府軍に身を寄せる俺を排除するかもしれない。
サーッと血の気が引くのを感じる。
「それと、大熊を助けてくれてありがとう。内藤ならああ動くって分かっていたのね」
以前に大熊を敵機から救った。
しかし、それも大熊の手のひらのうちだったのか。
確かにあの戦闘は不明なところがあった。
あの名うてな大熊が後れを取るのが腑に落ちなかった。
あれは演技だったのか……。
スパイである彼がノックを逃がすためにわざと。
そこまで考えて頭痛がしたように感じる。
こめかみに指を当てて考えを振り切る。
「ま、君なら英雄になれるね。自由の象徴に」
「バカを言うな」
俺はどちらでもいい。
ただ政府軍が正義に思える。
思えていた。
今ではやはり違うのかもしれないという思いがある。
彼らの言っていることがまったくの間違いではないのだろう。
それが分かった。
火月を追い出すのではなく、投降するべきだった。
その後悔の念がじくじくと沸いてきたが、今更変えることなんてできない。
何も変えられない。もう戻れない。
俺はどのタイミングで帰艦すればいいんだ。
バイオネットごと、合流すればよかったんだ。
だが、火月は怒気をはらむ銃弾を撃っていた。
あれでは冷静に会話できなかっただろう。
そう納得させる。
「ま、何かあれば、また言ってね?」
リリアはそう言うと、部屋を後にする。
俺は洗面所で顔を洗うと、さっぱりすることもなく、報告書を作成する。
バイオネットの運用と、それに付随するエネルギーの補填。
それから敵勢力の洗い出しなどなど。
それを書き終えて思う。
俺はこの生活に慣れきってしまっていた。
慣れて行かねばならなかった。
でももう違う。
俺は大熊とは違うんだ。
違うんだ。
裏切り者ではない。
雫も心配している。
伝わってくる。
俺を心配している声が。
俺を悼む声が。
俺は彼ら彼女らに報いなくてはならない。
しかし、あのバイオネットの性能……。
ダークフィザードの射程距離圏内と同等の武器。
初速の早い弾丸をかわせる機動性。
どれをとっても最高の機体だ。
このまま俺の機体として扱わせてもらう。
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