第3話 強い意志
敵戦力の中に不思議な感覚をもつ敵機がある。
「スペシャルか」
俺はそう独りごちると、ハンドガンのトリガーを引き絞る。
放たれた銃弾はスペシャルのシールドで受け止められる。
防いだ。
機体を反転、後ろ向きでサブマシンガンを撃ち放つスペシャル――確か量産機『サラン』、その中でも隊長機『V2』か。
その性能を惜しみなく使いこなしている。
こいつはできる。
『内藤、突っ込みすぎだ。陣形を整えよ』
大熊から通信が入る。
機体を後方に流し、突っ込みすぎていた。陣形に戻るべきか。
隊長機に向けてハンドガンを向ける。
トリガーを引こうとするが、手が震え止まる。
その隙に、V2は煙幕を放出する。
逃げられたか。
俺は後方に戻り、陣形を整えることに専念する。
しかし、なぜ討てなかったのか。
あれには強い意志を感じた。
俺とはまた別の力を。
『ドッキングベイを破壊する。内藤、ついてこい』
大熊の声を聞き、ハッとする。
眼下に広がる大型の構造物。
この大量破壊兵器を破壊するために来たんだ。
市民を守るため。
火月のような被害者を生まないために。
これからの日常を守るために。
『我らに憎悪なき自由を!!』
敵軍の無線を傍受した。
また言っている。
無駄なことを。
旧式のLiON『サイクロプス』がこちらに砲火を向けてくる。
『あんな旧式の機体で……』
同情する声が雫から放たれる。
『気を抜くな。奴らはテロリストだ』
『はっ。全員、撃ち殺すまでよっ』
大熊と火月も続いて声を荒げる。
スナイパーライフルを構える火月が、前戦を押し上げていく。
大熊と雫の機体も応射している。
俺もそれにならって、LiONを前に進ませる。
「徹甲榴弾を使う。射線上から待避せよ」
俺はハンドガンに弾丸を装填し、その砲身を突き立てる。
発射された徹甲榴弾は敵機に突き刺さり、内部から爆破。鉛の子弾が散らばり機体を完全に破壊する。
ジェネレータから爆破した敵機を見届け、俺はさらにエンジンをふかす。
大量破壊兵器を視界に入れると、ハンドガンを撃ち放つ。
発射された徹甲弾がいくつもの穴をうがつ。
が、兵器は止まらない。
臨界を迎えたのか、光を放つ。
『高エネルギー体、収束! 近くにいる者はただちに迎撃へ迎え!』
司令部からの勅命に俺はLiONを走らせる。
「撃たせるか」
俺は胸中にかかるもやを振り切ろうとするように、アクセルを踏み込む。
兵器の後ろ側に潜り混むと、ハッチをハンドガンで破壊する。
内部に侵入すると、機体を乗り捨てて、自爆スイッチを押す。
破裂音とともに爆風をもたらす。
これが火月への罪滅ぼしだ。
自爆したLiON。
その風圧に呑まれ、俺の身体は遠くへ吹き飛ばされる。宇宙の底へ。
爆破したLiONの余波は大量破壊兵器の一部を破壊。
装甲に穴が空き、臨界したエネルギーが漏れ出す。
バイオフィルムに描かれた魔法陣が不調をもたらす。
『撃ち落とすぜっ』
火月の無線が聞こえ、バイオフィルムを完全に破壊する。
それでも止まらない大量破壊兵器。
最後に一発、エネルギー体を吐き出す。
発射されたレーザーは真空の中をつき走る。
放たれた悪魔の光は止まることを知らない。
内部から破壊されていった大量破壊兵器は、自壊していく。
スペースコロニー131。
トートと呼ばれるそのコロニーはレーザーの直撃を受けて、グズグズに溶け出す。
崩壊した大地は真空の中に投げ出され、圧縮された空気は希薄になる。
その暴風に巻き込まれた人々は車どうよう、外へと放り出される。
ゼロ気圧と凍り付く温度に人は耐えきれるはずもない。
コロニーがまた一つ沈んだ。
だが、それでも大量破壊兵器を破壊した喝采に無線が沸き立つ。
『これより、掃討作戦に入る』
大熊の落ち着いた声が響き渡る。
俺はどのアタリを漂流しているのだろう。
爆風に呑まれ、吹き飛ばされた身体は反乱組織の拠点アリーアから離れていく。
どのあたりだろう?
俺は浮遊感のあるなか、周囲に目をくべらせる。
スペースコロニーが見えてきた。うまく行けばたどりつくかもしれない。
☆★☆
「はっ? 内藤が死んだ?」
火月は思いも寄らぬ情報に耳を疑う。
「ああ。どのチャンネルも拾わない。恐らくは……」
大熊は苦々しい顔でデータを見る。
「そんな……」
雫は目元の涙を振り払う。
「あのバカヤロウ」
火月は爪を噛み、苛立った様子で自室へと向かう。
「うそよ。うそだわ」
雫は溢れる涙を止めることなく、その場を漂う。
「おれも、もっと本気で取り組まねばならぬのだ。一人の軍人として……」
大熊はそう言うと艦橋へ向かう。
「わたしは……」
雫はそんなことで諦めることなんてできなかった。
捜索隊への参加を希望し、LiONを起動させる。
「早く戻ってきて、内藤」
全システムを起動させると、輸送艦から離れていく雫。
機体を流すと周辺への警戒・捜索を始める。
案外、敵地に流れ込んでいるかもしれない。
雫はそう思い敵スペースコロニーに進路をとる。
くっきりと形が浮かんでくる。
スペースコロニー《セト》
その外壁が視界に入ってくる。
宇宙では空気がないため、遠くにあってもくっきりと見えてしまう。
加えて比較対象がないため、大きさの判別が難しい。
宇宙コロニーがガイドビーコンを出していなければ、速度を減速することなく、外壁にぶつかっていただろう。
雫はそんな怖気も走る想像をして身震いする。
防眩フィルターの向こう。ミラーがついた島の奥には膨大な熱を放つサン・ボールがある。
「僚機、わたしが内部に侵入する。援護を」
『了解』
静かな返事を受けると、雫はケイらをおいてコロニー内部の捜索を開始する。
スペースポートに足を踏み入れると、疑似重力を感じる。
魔法のかかった構造物が視認できる。
雫は嫌な汗を掻きつつ、通信機を手にする。
魔導工学の発展により、宇宙にも人は住めるようになっていた。
近々、他の惑星群に対して大規模なテラフォーミングも行われるという。
人はその可能性を無限に広げてきた。
でも戦いの根っこは変わらない。
人がどれほど可能性を示しても、争うことをやめようとはしない。
魔導も工学も、人の価値感にも新たな形をえているというのに。
歯がゆい気持ちを感じながらも、雫はコロニー関係者に指示を送る。
(政府の犬が。てめーらにくれてやる情報は、ねーっつの)
コロニー関係者にとって雫は敵なのだ。
情報を渡す理由にはならない。
「我々は人道的立場から、
「そうですか。でもこちらにも情報は入ってきていませんね」
「隠している、のではないですか?」
雫は何故か確信があった。
このコロニーには内藤の匂いがする。まさに犬である。
だがこのコロニーの人はそれを受け付けない。
「申し訳ありませんが、お引き取りを」
コロニー関係者は深々と平伏すると、雫はそれ以上何も言えなくなり、立ち去るしかなかった。
「君かね? あのLiONを扱っていたのは」
「誰?」
スペースポートの陰から現れた人影に向けて
「自分はリリア。リリア=クシュナー」
「リリア……」
聞き覚えのある言葉に引っかかりを覚えつつも、危機を感じ雫は離れようとする。
「あの日本刀持ちの機体はすごかったね」
「知っているの!?」
雫は驚きで目を見開く。
「ええ。戦場でね」
クスッと笑みを漏らすリリア。
拳銃に手をかける。
「安心して。ここで戦うつもりはないから」
リリアはそう言うと雑踏の中に紛れ込んでいった。
その気配の隠し方も、一流のパイロットを思わせた。
雫はその場を立ち去るしかなかった。
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