第2話 大量破壊兵器

『ハッチ開放。非常要員待機。デトネーション確認。112ブレーカー作動中』

『システムオールグリーン。照準、月・プロティテイター。機動電圧確保』

『ユーハブコントロール』

「アイハブコントロール」

 ノックはその慇懃いんぎんな顔を恍惚の表情で歪ませて、トリガーを引く。

 月にある都市〝プロティテイター〟に向けて高出力のレーザーが放たれる。

 赤く細い光は熱線と呼ばれ、真空の宇宙を貫いていく。

 これが地球なら空気による減衰により、届くことはなかっただろう。だが真空の世界では減衰されることなく届く。

 届いてしまうのだ。


☆★☆


「月面スイングバイにより、〇一〇〇時、月周回軌道から離脱」

「アラン隊と合流後、マーク22アルファへ迎撃艦隊を展開させる」

 その知らせが入った十分後、人口9万人の都市プロティテイターは高出力レーザーの直撃を受ける。

 艦内は慌ただしくなり、パイロットである俺の耳にも入ってきた。

「今欲しいのは確証だ」

「あのノックさえいなければ……!」

 聞こえてくるのは怨嗟の声ばかり。

『艦長より達する。プロティテイターの被害の全容はまだ明らかになっていない』

 冷たくも聞こえる冷静な声が俺の耳をつんざく。

『だが、我々は当初の予定通り敵侵攻部隊を叩くことにある』

 休息室のドアが開く。

『我々の任務に変わりない。あのノックをやらなければ、奴らはますます図に乗って、都市を焼き続けるだろう』

 火月かげつだ。

『それは決して許されることではない!』

 いつの間にかハッキリと怒りを露わにする艦長の声が届く。

 それに呼応するかのように火月が俺の胸ぐらを掴みかかる。

「てめー!! あのとき、討てていれば!」

 勢いの乗った火月の拳が左頬に痛みを与える。

「何をやっている!?」

 大熊おおくまが入ってきて、火月を取り押さえる。

「ちょ、ちょっと。なんの騒ぎ!!」

 しずくまでもが止めに入る。

「火月、あんたちょっと落ち着きなさいよ」

「俺様の妹がいたんだぞ!! 内藤ないとうならノックのシャトルを撃ち落とせてたんだぞ!!」

 妹。

 鈍痛で胸がうずく。

「おれが死んでも良かったのか?」

 大熊は小さくうめく。

 ずるい言い方だとも思った。

「んなもん……」

 火月も言葉を探してしまう。

「それよりも、第二射を止めよう。火月と内藤ならできるでしょう?」

 助け船を出すように雫が火月を見つめる。

「ちっ。てめーはぜってぇ許さねーからな」

 吐き捨てるように火月は言うと、LiONの格納庫ハンガーへ向かう。

「いやになっちゃうよね。内藤くん、気にしなくていいよ」

「悪い」

 俺はゆっくりと格納庫に向かう。

「一人にしてくれ」

 俺はあのとき、間違えたのかもしれない。

 誰かの、火月の妹を守れなかった。

 それでも大熊を救えたのなら……。そう思いたかったが、テロリストの攻撃は誰か妹、誰かの家族を殺しているのだ。

 家族を、恋人を、仲間を、友だちを。

 それを俺は忘れていた。

 死を覚悟している大熊よりも、日常を生きている市民。

 訓練学校でも教わったことを、俺は忘れていた。

 そんな当たり前を。

 俺には愛すべき存在がいない。

 いなかった。

 でもここに来て、軍に入って仲間ができた。

 その仲間を守ることで俺は居場所をえている気持ちになっていたのだ。

 情がうつったとも言える。

 それが悪いことであるかは定かではないが、ここに家族のような温もりを感じていた。

 自分勝手な都合だ。

 軍は一度作戦に入ると、なかなか自宅に帰ることができない。

 多くの仲間が第二の家族と思っているのかもしれない。

 でも、それが大勢の市民の命をないがしろにしていい免罪符にはならない。

 俺の逃した敵が多くの市民の命を奪った。

 そのことに変わりはないのだ。

 俺が討つ。

 心にそう近い、LiONのバイオフィルムを一から見直し始めた。

 罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。

 やり直したい、変えたいと願っても何も戻らない。変えることなんてできない。

 だから。

 だから――?

 俺はどうしたいのだろう。

 でもこのまま見過ごすこともできない。

 いつの間にかつながっていた絆を、俺はなんと呼ぶべきなのか、言語化できずにいた。

 バイオフィルムの書き換えを行い、LiONの情報処理能力を高めていく。

 生きた兵器。戦うためだけのロボット。

 呪われし、駆動兵器。

 それがLiONライオンだ。


 なぜか胸をざわめかせる。

 コクピットに入る度、そんなことを思いながら操縦する。

 パイロットへの負担を軽減させるシステム――SSSスリーエスが搭載されていることは知っている。

 だが、それを超えた何かを肌で感じ取っている気がした。

 少なくとも俺はそんな感じを受けていた。

『会敵予測八分前。第二種戦闘配備。繰り返す――』

 艦内に怒号が飛び交う。

 LiONの出撃準備が整う。

 星々が視界に入り、第二軌道衛星の陰に浮かぶ青い星が見えてきた。

 その星――アリリプリスの先に見える大きな構造物が確認できる。

「あれが、新型兵器――高出力レーザー『アグリッサ』」

 胸中に渦巻く、憎悪が気を重くする。

 今度は失敗できない。

 命令に忠実であればいいのだ。

 俺はそのために生きているのだから。

 近くにはスペースコロニー《アクア》がある。

 こちらの射程距離圏内に入るまで時間がある。アクアを巻き込まずに戦えればいいのだけど。

 併走するアラン隊と合流後、敵本陣を叩く。

 うまく行くのだろうか。

『パイロットはブリフィングルームへ』

 バイオフィルムをしまうと、ブリフィングルームに向かう。

 作戦の立案を行う少将が待ち構えていた。

 名はいかり

 厳つく話しかけづらいという印象のひげ面である。

 だが、俺には関係ない。

 火月もそう思っているのか、その顔に憎悪を滲ませていた。

「作戦概要はこうだ――」

 ひとまず碇から語られる作戦を聞く。


☆★☆


 作戦を聞き終えると、俺たちはそれぞれのLiONに乗り込む。

 俺の役割は攪乱。

 スピードと近接戦が得意な俺が切り込み隊長となり、他の仲間が遠距離攻撃を行う。

 この作戦に火月は不満を抱いていたが、狙撃戦が得意なダークフィザードでは接近戦は向いていない。

 自らの手で殺したい気持ちがあれど、本人の適性・能力に見合う行動をとるべきだ。

 俺はそう解釈した。

 輸送艦から発着した、俺の機体は真っ直ぐに敵陣に乗り込む。

 大量破壊兵器の周辺には護衛艦軍が待機している。

 その艦数二十。LiONだけでも四十はいる。

 かなり大規模なテロリストと言えよう。

 この規模を維持させるための資金源はどこにあるのか。

 そちらの面で攻めればすぐに解散するのではないだろうか。

 敵射程距離圏内に入ったのか、敵機からレーザー攻撃が届く。

 俺は機体の半分ほどが隠れる大型のシールドを前に突き出し、レーザーの網をくぐり抜ける。

 先へ先へと進むと、雫のイクスが横で蛇腹ソードを展開させる。

 シールドのないイクスだが、蛇腹ソードは伸び縮みする剣である。

 その特性上、対レーザー塗装がされており、シールドの役割もになっている。

『甘いね。こっちだってレーザーはある』

 イクスの肩口から発射されたレーザーが敵機に被弾。

 体勢が崩れたところで、俺もハンドガンを抜き放つ。

 たった二機で突っ込むことに敵も気がついている。

 大部隊が後方に備えていると分かると、戦力を温存しておきたいテロリストは後方に下がる動きを見せる。

『逃がさないよ~』

 雫は調子が整ったのか、素早くイクスを動かす。

 それに追従すると、敵の中心部を狙い、ハンドガンを撃つ。

 発射された弾丸を避けるように散開する敵機。

 確実に一機一機を仕留める。

 シールドをパージし、マニピュレータに琥珀刀を握らせる。

 接近し、たたき切る。

 爆炎を上げて火球に変わったLiONを一瞥し、次の敵機へと向かう。


 この戦場は地獄だ。

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