第32話 バーベキューとラフマニノフ

 第二の特異種を倒した七音は打ち上げをすることにした。

 大学の寮や近くの居酒屋も候補になったが、相談の結果、今回は湾岸ダンジョンの10層に行くことになった。

 今回もまた七音が特異種を倒したことをダンジョンギルドとダン学連が公表したので、お店で打ち上げをすると騒ぎになるかもしれないと思ったこともある。

 だからといって寮の中というのもつまらない。

 だったら、人の少ないダンジョンの中でバーベキューをするのも開放的でいいんじゃないかと考えたのだ。

 湾岸ダンジョンの10層はいつも程よい気温で穏やかな風が吹き、地上のバーベキュー場よりもよりもバーベキューに向いていた。

 ただし、ダンジョンに肉や野菜を持ち込むと荷物になる。

 だが今回は、材料の持ち込みに苦労はない。

 特異種を倒したときに宝箱に入っていた鞄をギルドで鑑定すると、魔法の鞄とかマジックバッグと呼ばれているものだと分かったのだ。

 魔法の鞄は内部が亜空間のようになっていて、多くの物を収納できる。ダンジョンの深い階層を探索するときに非常に便利なので、レアアイテムだが、各国のトップパーティーは高値で欲しがる。最近は一個1000万円とも言われている。

 「魔法の鞄の最初の使い道がバーベキューの食材を運ぶとか、罰当たりな気もするなあ。」

 「なに言ってるんだよ、透士。頑張って強敵を倒したご褒美なんだ。俺は正しい使い方だと思うね。」

 無駄口をたたきながら、笑顔で七音はダンジョンを進む。

 実力の上がった今では、湾岸ダンジョンの10層まで行くのは散歩のような感覚になっている。

 ちょうどお昼ごろに七音は10層に着いた。

いつものように、青い空と穏やかな風が迎えてくれた。

 湖岸のテーブルに陣取り、魔法の鞄からガスボンベ付きのホットプレートを出して肉を焼く。

 クーラーボックスからビールを出して並べる。

 「よし、準備はできたな。第二の特異種を倒したことを祝って、乾杯!」

 「「かんぱーい!!」」

 昼間から飲むビールは美味い。

 そして、肉は奮発して霜降りの松坂牛だ。

 「ん。柔らかくて旨味が凝縮されている。」

 蘭先輩は満足そうに牛肉を噛み締めている。

 愛は千聡と並んで嬉しそうにしている。

 「ようやく私も心得スキルを得たよお。」

 「おめでとう、愛。」

 「ありがとう。うう、実は私だけ心得スキルを得られないんじゃないかって不安だったんだ。だって私だけ大学の偏差値も低いし。」

 「偏差値とか全然関係ないと思うよ。」

 「そうかなあ。みんな強いし、レベルも高いし。足を引っ張るんじゃないかって心配だったんだよ。」

 愛はテーブルに顔を伏せてぼやく。

 「そんなこと思ってたの。遠距離攻撃できる人がいなかったから、愛の弓は貴重だよ。」

 「ありがとう。千聡ちゃんは優しいね。」

 「いやいや。それに心得スキルを得たから弓の攻撃力も上がったんじゃない?」

 愛はがばっと顔を上げた。

 「そうなんだよ。試し撃ちしてみたら凄かったよ。」

 盛り上がる千聡と愛を見ながら、宗人と透士もジョッキをぶつけて何度目かの乾杯をした。

 上級生も笑顔でバーベキューを楽しんでいる。

 ただ、美邦の笑顔が少し不自然なことに蘭だけは気付いていた。

 

 その夜、灯りを消したままの寮の音楽室から激しくも暗いピアノの音が聞こえてきた。

 長い黒髪を揺らしながらピアノを弾いていたのは美邦だ。

 美邦は悩みをピアノにぶつけていた。ラフマニノフの2番「鐘」は重々しく、今の美邦の気持ちにぴったりだった。

 有望な新人の宗人と透士がパーティに入ってくれて、最初は喜んでいた。

 自分の武術に少しは自信もあり、彼らをうまく導ければと思っていた。

 だが、二人はみるみるうちに力を伸ばしていった。レベルの差も小さくなり、いつしか追いつかれていた。

 心得系のスキルは美邦も得て、七音の力が底上げされたのは嬉しい驚きだった。

 しかし、宗人と透士は過去の英雄である高名な戦国武将の加護を得た。

 加護による特殊なスキルは破格の強さだった。

 もしかすると自分は探索者として才能が無いんじゃないか。

三人パーティなのにダンジョンを深く潜れるのは自分たちに才能があるからだと思っていた。

 でも、どんどん強くなって自分を簡単に追い抜いていった宗人と透士を見ていると、気持ちが落ち込んでいく。

 もちろんパーティとして強くなればいいのだし、特異種の出現という非常事態を考えれば、なおさら自分の個人的な悩みなど取るに足らない。

 理性でそう理解しているから、美邦はなおさら自分が嫌になる。

 鍵盤を叩きながら、涙が浮かんでくる。

 そのとき、後ろから誰かがふわっと美邦を抱きしめた。

 「誰?」

 「あたしだよ。」

 振り返った美邦の涙を蘭は指で拭った。

 「どうしたの。バーベキューのときから様子がおかしいと思ってたけど。」

 美邦は「なんでもない」と言おうとしたが、唇から本音が溢れ出た。

 後輩に簡単に追い越された弱い自分が情けない、うじうじ悩んでいる自分が嫌い…。

 蘭は黙ってずっと聞いていた。

 そして美邦が少し落ち着いたところで、後輩に追い越されたのは自分も明嗣も同じであること、おそらく宗人と透士は普通じゃないこと、美邦が蘭の心を救ってくれたことへの感謝は何があっても変わらないことなどを静かに話した。

 「ありがとう。」

 美邦は小さくつぶやいた。


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