第29話 横浜ダンジョン
「誰もいないダンジョンって、何だか調子が狂うな。」
魔物を切り倒すと宗人はぼやいた。
「そうだな。まあ、特異種が出たときの被害を考えると仕方ないけどな。」
盾で魔物を押しつぶした透士も応じた。
凛が地の星の声を聞いてから一月後、七音は横浜ダンジョンに来ていた。
予言された特異種の出現に備えて、横浜ダンジョンは立ち入り禁止になっている。
ギルドから依頼された各大学の有力パーティだけがダンジョンに入り、特異種の出現に備えている。
七音も朝から横浜ダンジョンの中を巡回していた。
最下層が11階という初級ダンジョンなので、あまり強い魔物はいない。出てくる魔物はレベル6や7くらいだ。
職人さんたちが頑張ってくれたおかげで新しい武器と防具も装備しているし、七音の中ではレベルの低い愛でもレベル9に達している。
宗人と透士がお喋りしながら魔物を倒せるくらいだが、一般の探索者が立ち入り禁止になっているので、近寄ってくる魔物の数は多い。
10層まで来たところで、七音は一息入れることにした。
「ふう、ようやく一休みね。」
「ええ、とにかく魔物の数が多かったわね。」
愛と千聡は座り込んでお茶を飲み始めた。
「顕続、特異種はどこに出ると思う?」
「うーん、キマイラは最下層でもなく普通の階層に出たから、予測しにくいなあ。ところで、美邦は特異種が出ることは疑ってないんだね。」
「ああ、凛の能力は本物だ。あの子が星の声を聞いたというのだから、私は信じる。」
「あたしも。」と蘭も同意した。
「それに何となくぞわぞわするんだよ。何かがいるんだと思う。」
「そうか、気配に敏感な蘭もそう思うなら、きっといるんだね。弱い魔物ばかり出て来るけど、気を緩めないようにしないとね。」
顕嗣は気合を入れ直した。
一息入れた七音は、11層に降りていく。
11層は横浜ダンジョンの最下層。ボスのいる層だ。
ここのボスは巨大なカニで、大きなハサミの攻撃に加えて、水魔法も使ってくる。
駆け出しのパーティには強敵だ。
11層は階段を降りると、ボス部屋まで一本道になっている。
その突き当りに大きな扉がある。
「どうする?ここまで来たから、一度ボスを倒しとく?」
「そうだな。」
扉を開き、ボス部屋に入るとすぐに、蘭が立ち止まった。
「ん、これは…」
「どうしたんだい、蘭。」
「潮の匂いがしない。」
ボスがカニのせいか、海に近いダンジョンだからなのか、このボス部屋は潮の匂いがする。
だが、今は潮の匂いがない。
むしろ、草のような匂いがする。それに周囲が暗いのもおかしい。
七音が周囲を警戒していると、部屋が次第に明るくなり、草原であることが分かってきた。
「これは。」
「うん、様子がおかしいね。みんな警戒して!」
ドドドドド!
奥のほうから地鳴りのような音が聞こえてきて、何かが走って来る。
見えて来たのはずんぐりした鳥の一団だった。体長1メートルくらいの鳥が集団で走って来る。
こちらに近づくと、次々に口を開け、火の玉を吐いた。
「「うわ!」」
数が多くて透士が盾で防ぎきれず、後ろのメンバーも火の玉を受けてしまう。
しかし幸いなことにダメージはほとんど無かった。
京都から来た職人が魔石を砕いた粉を水に溶いて糸を染め、別の職人が織り上げてくれた布を防具の下に着込んでいたので、火魔法のダメージを防ぐことができたようだ。
「みんな大丈夫かい?」
回復魔法を唱えようと身構えた顕嗣は、誰もたいした傷を負っていないことに気付き、ほっと息を吐く。
「せい!」
魔物との距離を詰めた宗人が切りかかる。
「何だ、これは。刃が滑る。」
丸々とした鳥の魔物の皮膚は堅いだけではなくしなやかで、刀が滑りやすく、攻撃が通りにくい。
美邦の槍もうまく貫けないようだ。
「これならどうかな」
宗人は腰に差していたもう一本の刀を抜いた。ここまで弱い魔物との戦いでは温存していたものだ。
美しい波紋が浮かび、どこか神秘的なオーラをまとった刀だ。
「クエエエ!」
一閃すると、切り裂かれた魔物は悲鳴を上げた。
「やはり真鉄の刀は凄いな。なんて切れ味だ。」
宗人の新しい刀は、桑名から招かれた刀工の鍛えた業物だ。
隣りでは同じように真鉄の剣に持ち替えた千聡が魔物を切り伏せる。
美邦も真鉄の槍を振るい始めた。
魔物の火魔法は防具が防いでくれるので、透士も明嗣も攻撃に回る。
鳥の魔物は大きく固い嘴で対抗しようとするが、真鉄の切れ味が素晴らしく、次々に倒れて行く。
やがて鳥の魔物を一掃することができた。
「ふう、どうにかなったな、宗人。」
「ああ、透士。最初は刃が通らなくて焦ったけど、職人さんの刀のお陰だ。」
「火魔法を防具が防いでくれたのも大きいな。」
「そうね。」
「本当に職人さんたちのお陰ね。」
千聡と愛が二人に近づいて来た。
「今の魔物は見たことが無かったわ。」
「特異種だったのかな?」
「どうだろうな。」
「新しい装備が無ければ苦戦しただろうけど、それでもキマイラほどの威圧感は無かったな。」
「ん、別の魔物が来る。」
蘭の警告で宗人たちが身構えると、土埃を立てて何かが走って来る。
今度も鳥の魔物のようだが、とても大きい。
3メートルを優に超えているようだ。
「やはり簡単にはいかないか。」
七音のメンバーは、それぞれの得物を構えた。
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