第28話  職人の店

 カレンダーでは夏が終わり、9月になった。本来なら朝晩は涼しくなり、風に秋を感じるような月だ。

 だが気候は変化してしまい、うだるような暑さは続いていた。

 暑い9月も下旬になり、朝晩は少しだけ涼しくなった頃、帝都大の近くの商店街に一風変わった店がオープンした。

 店の軒先には、真新しい木の看板が掲げられている。

 看板には、墨で黒々と「刀鍛冶」と書かれていた。

 この店は、桑名から招かれた鍛冶職人の店だった。

 桑名は東海道五十三次に港町であり蛤が有名だが、戦国時代に刀工の村正がいたことでも知られる。

 今ではお隣の岐阜にある関の刃物のほうが有名だが、村正の流れを汲む職人が細々と技を継承していた。

 なぜ刀鍛冶がT大の近くにやって来たかといえば、政府の支援のもとにダンジョンギルドが誘致したからである。

 ダンジョン産の希少な素材は機械で扱うと上手くいかないことが多い。

 繊細な手作業で物を作るとなると、結局、伝統産業の職人に頼ることになる。

 トップ探索者の装備の多くは職人たちの手作業によって生み出されていた。

 ダンジョン探索を再開する条件の一つとして、探索者の装備を作れる職人を集めることを政府が支援することになり、ギルマスの藤里と政府の担当課長が協力して各地の職人に働きかけたことが、秋になって実を結びつつあるのだった。


 黒々と書かれた「刀鍛冶」の看板を若い男女が見上げている。

 「おお、ここが刀鍛冶の店か!」

 「もう、恥ずかしいから大声は出さないで。」

 「ごめんごめん、つい嬉しくなってさ。」

 店にやってきたのは宗人と千聡だった。

 凛の予言した第二の特異種との戦いに備えて、七音のメンバーはできるだけ良い装備を整えようとしている。

 刀を主な武器として使う宗人と千聡は、桑名の刀工が来てくれたと聞いてすぐに駆け付けたのだ。

 二人は店の暖簾をくぐる。

 「すみません。」

 「お邪魔します。」

 すると、店内には寡黙そうな職人がいて、顔を上げた。

 「お前さんたちは探索者か。」

 二人は自己紹介をした。

そして、二週間後に強い魔物と戦う予定なので、少しでも強い武器を探していることを話した。

「そうかい、お前さんたちのことはギルドから聞いてるよ。それじゃ、今使っている剣を見せてくれるかい。」

 二人が現在使っている剣を見た刀鍛冶は唸った。

 「うーん、どちらも妖精銀の良い剣だな。これを超える剣となると、簡単には作れんな。だが、お前さんたちは二週間後に強敵と戦うんだったな。ダン学連からもできるだけ力になってほしいと頼まれてる。何とかしたいんだが、素材がなあ。」

 「あの、この素材はどうでしょうか。」

 千聡は、最近ギルドからダンジョン部に渡された素材を見せた。

 不思議な光沢を放つ金属だ。

 「それは、まさか。ちょっと見せてもらっていいか?」

 「はい、どうぞ。」

 職人は素材をいろいろな角度から見たり手触りを確認したりした。

 「間違いない。これは真鉄(しんてつ)だな。これを使って良いのか?」

 「はい、お願いします。」

 「そうか、真鉄(しんてつ)が使えるなら妖精銀(ミスリル)以上の切れ味の刀を作ってみせよう。」

 真鉄(しんてつ)はマナにさらされることで変質した鉄で、ダンジョンから稀に出る。

 ダンジョン産の素材を政府ではなくダンジョンギルドが管理するようになったおかげで手に入ったレア素材だ。


 刀鍛冶の店が開店した数日後、また別の職人が店を開いた。

 店先では、藍色の暖簾が風に揺れている。鮮やかな藍色の地に白く浮かぶのは「染」の一字。

 その店は染物屋だった。虫がつくことを嫌う染物屋では、虫が嫌がる藍を使うことが多い。

 「「ごめんください。」」

 暖簾をくぐって店内に入って来たのは透士と愛だ。

 二人は良い防具を探しに来ていた。

 「おこしやす。」

 柔らかな笑顔で迎えてくれたのは京都からやってきた若い女性の職人だ。

伝統産業の職人というと高齢の男性を連想しがちだが、最近は女性の職人が増えている。

 愛は肩にかけていた帆布の鞄から朱色の石を取り出した。

 「この素材を糸に染めてもらうことはできますか?」

 「その石は、ダンジョンで取れる物どすか?」

 「はい、火の魔法を防ぐ効果があると聞いています。」

 「なるほど。見せてもろうても?」

 「もちろんです。」

 職人は朱色の石を手に取って感触を確かめた。

そして軽く爪で掻くと、表面にすぐ傷がついた。

 「ええ、これなら砕いて粉にして、糸を染められるやろうと思います。」

 「良かった。この石をどうやって布にするのか思いつかなかったんです。砕いてから染めるんですね。」

 「そうどすなあ。」

 「火魔法に耐性のある糸ができたら、それを織って布にしてもらえば、防具の下に着ることができるんです。私たち、実は二週間後に強い魔物と戦わないといけないんです。だから新しい防具を探していて。」

 「するとあなたたちは七星の探索者どすか。うちは、ギルドからできるだけ協力するよう頼まれてます。」

 職人は「それにしても二週間」と言って考え込んだが、引き受けてくれた。

 二人が帰った後、職人は改めて朱色の石を見つめた。

 「これがダンジョンから出る希少な石なんやね。橘はんの言うたとおりや。」

 京都から職人を招くに当たり、ギルドと政府が表で動いていたが、裏では千聡の実家も根回しをしていたようだ。

 京都の旧家である橘の家は様々な人脈を持っていて、職人たちにも顔が利いた。

 様々な人が陰で後押ししてくれたおかげで、短期間で各地の腕の良い職人を東京に招くことができたのだった。

 職人たちが頑張ってくれたおかげで、第二の特異種の出現が予言された日までに新しい武器も防具も仕上がって来た。

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