第25話 謎めいた転入生
8月も終わりに近づいた頃、帝都大の正門前に一人の少女が佇んでいた。
白いワンピースに麦わら帽子を被り、印象派の絵画から現れたような雰囲気で育ちの良いことが分かる。
「やあ、待たせてしまったかな。済まないね。」
少女の前に現れたのはダンジョン部の津田部長だった。
「いいえ、今来たところですよ。」
少女は笑顔を浮かべて挨拶をする。
「初めまして、星見凛と申します。急な編入で押しかけて、ご迷惑をおかけ致します。」
「初めまして、ダンジョン部部長の津田桜だ。君がおばば様のお孫さんだね。」
おばば様とは、伊勢の星詠みの一族の長のことである。
星詠みの一族は予言者として、古くから為政者を密かに助けてきた。おばば様から要請があれば、政府は尊重せざるを得ず、国立大である帝都大への編入を要請したのだった。
「このところ未知の魔物が出現したり、ダンジョンの様子がおかしい。星詠みの巫女が来てくれるのは大歓迎さ。」
「ありがとうございます。私の力はまだまだ未熟なのですが。」
「いや、君にはおばば様の後継者になる資質があると聞いているよ。」
凛の瞳には神秘的な力が感じられる。なるほど星詠みの一族の中でも期待されているのは頷けると津田部長は思った。
「帝都大に編入するのは、宗人君たちに関係があると聞いたんだが。」
「はい、帝都大の七音の皆さんと行動を共にしたいのです。祖母からは七音と共にダンジョンに潜り、地の星の声を聞くように言われています。」
「地の星の声か。空じゃなく地の星というのは初めて聞いたよ。ところでダンジョンは危険な場所なのは知っているね。」
「はい。私に戦う力はありませんが、身を守ることはできますので、ご迷惑はかけないつもりです。」
「分かった。じゃあ彼らに君を紹介しよう。」
翌日、津田部長はダンジョン部の部室に七音を呼び出した。
「やあ、探索の後で疲れているのに呼び出してすまない。実は君たちに紹介したい人がいるんだ。」
「初めまして、星見凛と申します。」
「実は星見君は伊勢の星詠みの一族なんだ。ここだけの話にしてほしいが、遠くの出来事を見たり、未来の予言をすることで、この国を助けてきた一族だよ。」
「そんな一族がいるんですか?」
宗人たちは驚いたが、顕続と透士は微妙な表情を浮かべた。
「星詠みの一族ですか。噂に聞いたことはありましたが、実在していたんですね。」
「うん、秘匿されているから知っているのは一握りだけどね。それで星見君は一族の長であるおばば様の指示で帝都大に編入してきたんだよ。」
「はい、祖母からは七音の皆さんに同行してダンジョンに行き、地の星の声を聞くように言われています。」
メンバーを見回してから、七音を代表して顕続が質問する。
「ダンジョンを探索するパーティは多くありますが、どうして僕たちのパーティなのでしょう?それに地の星の声とは?」
「同行させて頂くのは、皆さんが選ばれし者だからです。私たちの一族に伝わる予言では、選ばれし者はこの世界の危機で重要な役割を果たします。」
「選ばれし者ですか。僕らはまだまだ未熟な探索者です。津田部長をはじめ、もっと強い探索者もいますが。」
「確かに強い力を持つ探索者は何人かおられます。でも、過去の英雄の加護を受けたのは鷹羽さんだけですし、七音の皆さんだけが得た強力なユニークスキルもありますし。」
宗人が立花宗茂の加護を受け、他のメンバーも前例のないユニークスキルを得たことは、ギルドとダン学連のごく一部の信頼できる者しか知らないはずだ。
それを星見さんがあっさりと指摘してみせたことで、七音のメンバーは星詠みの力を実感した。
「そうですか。いろいろなことをご存知のようですね。それで僕たちは具体的に何をすればいいのでしょう?」
「祖母からは湾岸ダンジョンの魔物の出ないエリアに行くように言われています。」
「ということなんだよ。星詠みのおばば様の言葉には重みがある。きっと彼女が地の星の声を聞くことには大きな意味があるんだ。だから、七音のみんなにはよろしくお願いするよ。」
こうして七音は謎めいた転入生と一緒に湾岸ダンジョンに赴くことになった。
七音と行動を共にすることから、凛もダンジョン寮に住むことになった。
津田部長は「一緒にいたほうが便利なのもあるけど、寮なら引越しの手続きも楽だし、セキュリティという点でもここのほうがいいんだ」と言った。
確かに寮には超人的な強さの探索者がたくさんいるし、女子寮もあるので部外者は立ち入り禁止になっているが(そのことがまた宗人たちへの嫉妬にもつながるが)、部長の本音は手続きが楽ということなんじゃないかと七音のみんなは疑った。
もっとも、寮を案内しているうちに凛は七音の女子メンバーとは仲良くなったので、その意味でも寮に入ったのは良かったのかもしれない。
しばらくして、七音は凛に同行して湾岸ダンジョンに向かった。
部長の判断で配信をしないことになっている。星詠みの一族の存在はある意味で国家の機密である。スパイ天国とも言われる日本だが、星詠みの存在は珍しくきちんと秘匿されてきた。
湾岸ダンジョンに入ると、凛は祝詞のような言葉を唱えた。
「結界を張りました。それなりの強度はありますから魔物に攻撃されても大丈夫です。とは言っても皆さんは安心できないかもしれませんね。」
凛は少し考え込むと、そうだと手を打った。
「鷹羽さん、試しに切ってみてください。」
「えっ、俺ですか。切っても大丈夫なんですか?」
「はい、お願いします。」
宗人が恐る恐る剣を振ると、見えない何かに阻まれた。
「おお、本当に剣が防がれますね。」
「はい、大丈夫ですからもっと強く振ってみてください。」
「分かりました。」
宗人は、もし結界を切っても凛に当たらないように角度に気を付けて、今度は力を込めて剣をふるった。
「キン!」
澄んだ金属音のようなものが聞こえ、剣は弾かれた。
「いかがでしょうか。」
「うん、凛の結界術の凄さは分かったよ。」
宗人の妖精銀(ミスリル)の剣を弾くのだから、たいていの魔物の攻撃は寄せ付けないだろう。
凛の結界の強さが分かったので、七音のメンバーは凛を中心にした陣形はとりつつも、凛への魔物の接近を必要以上に警戒しないことにした。
湾岸ダンジョンの魔物は今の七音には強敵ではない。
ダンジョンを順調に進んでいき、9層の中ボスも難なく倒した。
そして午前中のうちに10層に着く。
セーフティゾーンに入ると、七音は緊張を緩めた。
一息入れて、お昼ご飯を食べることにする。
湾岸ダンジョンの10層にはレストランや売店もあるが、七音は探索に時間がかかる場合に備えてサンドイッチやおにぎりを持ってきていた。
湖畔にレジャーシートを敷いて座ると、穏やかな風が心地よい。
まるでピクニックのような様子に凛は驚いた。
「ダンジョンの中なのに、こんなに穏やかな所があるんですね。」
「ええ、そうなんですよ。私も初めて来たときは驚きました。」
千聡が笑顔で答える。
「地上は耐え難いような暑さなのに、ここは穏やかな気候なんですね。不思議です。」
ダンジョンは環境を破壊した人類への罰であるとも、逆に福音であるとも言われる。確かにダンジョンは分からないことだらけだと七音のメンバーは思った。
食後に珈琲や紅茶を飲むと、レジャーシートを畳む。
「さて、これから僕らはどうすればいいんだい?」
「はい、顕続先輩。この階層を歩いてみても良いでしょうか。」
「もちろん。ここは魔物が出ないから安全だしね。」
凛と七音は湖畔を歩いて湖の端まで進むと、さらにその先の森へ進んでいく。
森の中は程よい間隔で木が生えていて、陽射しも入り、結構明るくて散歩に向いている。
その中をしばらく進むと、急に凛は立ち止まった。
「ああ、この先に何かあるようです。」
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