第23話 大学の枠を越えて

 ダンジョン探索を再開する準備が進む中で、ダン学連は一つの決断をした。

 そしてダン学連は臨時総会を開いた。九段下の武道館に続々と探索者が集まって来る。東京でもこのあたりの土地は沈まずに無事だった。

 臨時総会では、政府からの要請を受けてダンジョン探索を再開するが、マナストーンの買取り価格が5割増しになること、希少素材を政府ではなくダンジョンギルドが管理することで優れた装備がつくられることなどを説明した後に、津田会長が檀上に立った。

 「私たちはこれまで大学ごとにパーティを結成して探索してきた。もちろん各校が切磋琢磨する良さはあった。だが、特異種が出現したことで、状況は変わった。特異種はこれまでに現れたことのない魔物で、しかも非常に強力だ。越谷ダンジョンでは5人の尊い命が失われた。改めて犠牲となった諸君の冥福を祈りたい。」

 会長は黙祷もくとうし、会場の探索者たちも首を垂れた。

 目を開けると、津田会長は力強い口調で述べた。

 「特異種に対抗するには、強力なパーティが必要だ。そこで、私は各校の代表と協議して、大学の枠を越えたパーティを結成することに決めた。どの大学のダンジョン部でも前衛、中衛、後衛のバランスが取れているわけではない。各校が補完しあうことでよりバランスの取れたパーティが誕生すると考えている。」

 会場はどよめいた。大学を超えたパーティの編成はこれまでにも議論されたが、有力な探索者がいることは大学の宣伝にもなることから、なかなか実現しなかった。

 「さらに、より強力な武器、防具を手に入れるために、より深い階層への探索をこれまでより積極的に進めたい。そのために各校のトップパーティに有力な探索者を加えて強化したい。」

 そして、帝都大、正法大、享保大など大規模校の有名パーティが大学の枠を越えて新たなメンバーを迎えてさらに強化されることが発表された。

発表のたびに会場は「ドリームチームだ!」などと湧いた。

 「そして最後に、下級生ながら特異種を倒して多くの探索者を救った帝都の七音だ。前衛に鎗使いの本多と魔法戦士の鷹羽、中衛に斥候の風波、後衛に治癒士なのに剣も使える杼口という構成で、今でも強力なパーティだ。だが遠距離攻撃の魔法を使えるのが一人で、弓を使える者がいない。かといって普通の魔術師と弓使いを入れると、全員が近接戦闘可能という七音の特徴が消えてしまう。」

 会長は少し間を置いた。

 「そこでだ。正法大の魔法戦士である橘聴乃に参加してもらう。」

 会場から大きな歓声が上がった。

 「新人戦の個人1位と2位が揃うぞ!」

 「あの雷姫がT大のパーティに?よく正法が認めたな。これは本気で大学の枠をなくす気だな。」

 「雷姫もキメラ戦で活躍してたな。また特異種が出ても七音ならやってくれる!」

 会場は期待の声で溢れた。正法大が集まっている場所では「姫~」という悲鳴のような声も聞こえたが。

 会場が落ち着くのを待って、津田会長はもう一人参加することを紹介した。

 「七音にはもう1人加わってもらう。弓使いでありながら短剣も使える南関東公立大のダンジョンアイドル、鳴多愛だ。」

 会場は騒然となった。

 「ダンジョンアイドルきたー!」

 「えっ、愛ちゃん?アイドル活動はどうすんの?」

 「七音は美少女パーティに進化した。」

 騒ぎ出す男子を冷たい目で見ながら女子もざわめいた。

 「七音はイケメン揃いなのに、美少女が二人も。」

 「私の透士君が取られかねない。」

 「間違ってもあんたのものにはならないだろうけど、私の推しの宗人君は橘さんとお似合いな気がするし、何か悔しいわね。」

 盛り上がる会場をみて、狙い通りだと津田会長は拳を小さく握りしめた。

複数の犠牲者が出て、もし特異種に出くわしたらと怖がっている者もいたはずだ。

 だから各校のトップパーティを強化することに加えて、明るい話題をつくるために七音に美少女2人を加えたのだ。

 もともと七音はイケメンが揃い、美邦先輩はきりっとした美形で、地味だった蘭先輩も可愛いことが分かり、ルックスでも注目されていた。

そこに正法の姫とアイドルが加わり、美男美女パーティの誕生だ。

 もちろん実力も兼ね備えていて、これからの探索者を引っ張っていくと期待もしている。

 「さあ諸君。装備を揃え、準備をしたらダンジョン探索の再開だ!この中から未来のトップパーティが新たに生まれることを信じている!」

 「おおー!」

 

 その頃、七音は騒動に巻き込まれるのを避けるために会場にはいかず、寮でネット中継を見ていた。

 寮の共用棟のカフェの壁は巨大なスクリーンになっている。

 七音に加わる新メンバーが紹介されたとき、会場のあまりの盛り上がりぶりに彼らはひいていた。スクリーン越しでも奇妙な圧がかかってくる。

 「やはり会場に行かなくて正解だったな。」

 「うん、美邦の言うとおりだね。もしその場にいたら、もみくちゃにされて逃げ出すのも大変だったね。」

 「ん。行かずに正解。」

 宗人と透士は別の理由で戦慄していた。

 「やばいな、これは。透士、野郎どもの異常な盛り上がりを見ろよ。蘭先輩が可愛いことが分かってから同級生に妬まれてたのに、さらに姫にアイドルだからな。」

 「うん、笑いごとじゃないよな。これから夜に一人で出かけるのは控えたほうが良いかもな。」


 一方、正法大のダンジョン部の部室はお通夜のような空気に包まれていた。

 「お、俺たちの姫が…。」すすり泣く声が聞こえる。

 「お前たち、橘はより強くなるために帝都大のパーティに参加するが、二度と会えなくなる訳じゃない。橘が旅立つときは笑顔で見送れ、いいな。」

 部長の訓示を受けて、泣いていた者も立ち上がる。

 やがて肩を組んで校歌を歌い始める。

 正義感は強いが暑苦しくもあるのが正法大。その伝統は引き継がれていた。

 部室がそんなことになっているとは気づかず、橘さんは自宅のマンションで考え事をしていた。

 「ダンジョンで聞いたあの声は何だったんだろう?」

 あの日、ダンジョンで不思議な声を聞いてから、ずっと気になっている。橘さんが聞いたのは女性の声だったが、キメラを倒したことを祝い、スキルを与えるのでさらに強くなってほしいという話の内容は七音のメンバーと一緒だった。

 声を聞いただけではなく、橘さんは宗人たちと同じ「武士の心得」という特殊なスキルも得た。

 だから、ダン学連から七音への加入を打診されたとき、自然と受け入れることができた。

 もちろん元のパーティにはお世話になったし、思い入れもあるが、ビューティー&ガイズの前衛と治癒士が大ケガをして探索を続けられなくなり、パーティは解散することになっていた。

 それに実をいうと、パーティの名前はまるで自分がビューティーみたいで恥ずかしいと思っていた。


 南関東公立大のダンジョン部の寮では、Dフェアリーズのメンバーが集まっていた。

 「愛ちゃん、体に気を付けて頑張ってね。」

 「ありがとうございます、先輩。」

 Dフェアリーズの先輩たちはダン学連から鳴多さんに移籍の打診があったとき、驚きはしたが、「愛ちゃんの判断に任せる」と言ってくれた。

 鳴多さんはダン学連から打診を受けたときは迷った。七音のメンバーと一緒に戦いたい気持はある。岩槻ダンジョンでキメラを前にしたとき、逃げることしかできなかったのは悔しかった。弓だけじゃなく短剣も使えるので、ある程度はやれる自信もある。

 それでも、自分が足手まといになるんじゃないかと心配だった。七音には正法の橘さんも加わると聞いたが、彼女は新人戦の個人で2位に入った実力者だ。

 そんな迷っていた彼女の背中を先輩たちが押してくれた。

 「愛ちゃんなら大丈夫だよ。」

 「自分のやりたいことを諦めないで。」

 「トライしてみて、つらくなったらいつでも戻ってきていいんだよ。」

 鳴多さんは、改めてDフェアリーズに入って良かったと思った。

 ダン学連に、七音に加わりますと返事をした。

 七音のメンバーになってダンジョン探索をする以上、近くにいたほうが合流するための時間がかからず、打合せもしやすい。

 南関東公立大は神奈川にあるので、都内の帝都大のキャンパスから少し離れている。そこでダン学連が大学と調整して、鳴多さんは帝都大ダンジョン部の寮に入ることになった。

 転校するわけではないので南関東公立大の講義は受けるが、オンラインの受講や録画も使うことになる。

 毎日ダンジョンに潜るわけではないし、発表形式の講義などはキャンパスで受ける予定だが、友達と会う機会が減ることは少し寂しい。

 それでも、新しい環境でやれるだけやってみようと鳴多さんは決意した。



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