第22話 ギルドと政府

 「どうしてダンジョン探索を禁止しているのかね。8月は冷房需要が大きくて、普段以上に発電のためにマナストーンが必要なんだ。ちょっと強い魔物が出たからといって探索を止められては困るんだよ。」

 ダンジョンギルドマスターの藤里は政府に呼び出されて行くと、副大臣と名乗る脂ぎった感じの政治家から、いきなり文句を言われた。

 やれやれだな。こいつらは自分の利益のことしか考えていない。自分の任期中に電力不足を起こしたくないんだろうと藤里は思った。

 「副大臣、ちょっと強い魔物ではありません。未知の非常に強力な魔物です。最近は怪我人はいても犠牲者は出ませんでしたが、今回は5人も亡くなっているんです。」

 「もちろん前途有望な若者の犠牲は痛ましいと思っているよ。だがお国のために身を賭して戦ってこそ日本の若者ではないかね。」

 痛ましいなど心にもないことをよく言うと藤里は呆れた。安全なところから若者に危険をおかして戦えと言うのを恥ずかしいとも思ってないのだろう。

 「これまで魔物はダンジョンごと、階層ごとに少しずつ強くなっていたのに、いきなり初級ダンジョンの浅い階に未知の強力な魔物が現れたのです。若者たちが戸惑い、怯むことは当然だと思うのですが。」

 場の雰囲気が悪くなるのを心配して、副大臣の横に控えている担当課長が口を挟んだ。

 「副大臣、藤里さんも何も絶対探索を再開しないと言っているわけではありません。環境を整えれば再開を考えておられるのですよね。」

 ギルマスは担当課長と事前に落としどころを打ち合わせていた。

 8月に入り、暑さは一層厳しくなっている。もしマナストーンが不足して電力不足になれば、エアコンが使えないことで死者も出るだろう。

 いつまでもダンジョン探索を中止していられないことは分かっていた。

 「ええ、課長のおっしゃるとおりです。私たちダンジョンギルドとしてもマナストーンを待つ国民の声に応えたい気持はあります。ただし、レベルの低い探索者でも良い装備を揃えられるようにしたい。また頑張ってマナストーンをたくさん採取すれば報われるようにしたい。」

 そこからはマナストーンの政府買い入れ価格の値上げ交渉になった。

 藤里は二倍にしてほしいとふっかけてから、いくつかの条件を付けて5割増しで手を打った。

 副大臣が去った後で担当課長は藤里に頭を下げた。

 「済まない。こんなことくらいしかできなくて。本来なら軍のすべき危険なことを大学生にさせているというのに。」

 「いや、貴方が口添えしてくれたからこそ、買い取り価格の5割増しに加えて条件もいくつか付けられた。」

 ギルマスが出した条件は、大学ダンジョン部への政府の補助金を増額すること、ダンジョンからときどき見つかる妖精銀ミスリルなどの希少金属を国が買い取るのではなくダンジョンギルドが買い取って探索者の装備にすること、探索者の装備を作れる職人を集めてギルドが雇用することを政府も後押しすることなどだった。

 「貴方のように理解のある人が政府にいてくれると助かります。頼むから政治家に嫌気がさして役所を辞めないでくださいよ。」

 「私が少しでも役に立っているのなら、もう少し頑張ってみるよ。」

 残業続きで疲れた様子の担当課長は少しだけ笑顔を浮かべた。


 役所を出ると藤里は携帯から電話をかけた。

 「もしもし、藤里です。」

 電話をかけた相手はダン学連会長に就任したT大の津田部長だった。特異種の出現という非常事態の心労でダン学連の会長が倒れてしまい、ダン学連の副会長をしていた津田部長は最近になって会長に昇格していたのだった。

 「もしもし、津田です。交渉お疲れ様でした。首尾はいかがでしたか。」

 「ああ、どうにかマナストーンの買い取り価格を5割増しにして、例の条件を付けることができたよ。」

 「ありがとうございます。買い取り価格も重要ですが、特異種のような怪物が出た以上、もっと良い装備が必要です。キメラの皮膚は妖精銀の武器を通さなかったという報告を受けていますが、外国の特異種には妖精銀の武器が有効だったものもいたようです。それにもっと希少な金属が見つかるかもしれませんし。」

 妖精銀は極めて伝導性が高く、企業も強く欲しがっている。政府ではなくギルドが探索者から買い取れるようになったのは大きかった。

 「いや、君たちが命がけでダンジョンを探索してくれているんだ。せめてサポートくらいはしないといけない。本当は僕もダンジョンに入れるといいんだが。」

 ギルマスの藤里は帝都大ダンジョン部のOBだった。

 「藤里先輩の気持ちは嬉しく思いますし、各大学にも伝えておきます。」


 その頃、七音のメンバーはスーパー台風の被災地でボランティアをしていた。

 8月はもともと台風の多い季節だったが、温暖化の結果、中心気圧が900ヘクトパスカルを切るようなスーパー台風が日本を襲うようになっていた。

 台風が去った後、交通網が寸断されていても、超人的な身体能力を持つ探索者なら道なき道を通って移動できる。

 「おばあちゃん、頑張って。今、助けるから。」

 宗人は倒れた木造家屋の瓦礫を手でどけて、出られなくなっていたおばあさんを助け出した。

 「ありがとう。それにしても凄い力ねえ。」

 「僕は探索者ですから。」

 「そう言えば、ダン学連の新人戦で見たような気がするわ。あなた、T大の鷹羽君じゃない。」

 「よくご存知ですね。」

 「貴方は有名人よ。家は壊れちゃったけど、貴方に助けてもらえて嬉しかったわ。」

 近くでは他のメンバーも瓦礫をかき分け、被災者を救出していた。

 小柄な蘭も巨大な梁を軽々と抱えて、小さな女の子を助けた。

 「これで大丈夫。」

 「ありがとう、お姉ちゃん。小さいのに凄い力持ちなんだね。」

 「私も探索者だから。」

 「それに凄く可愛い。アイドルみたい。私も大きくなったらお姉ちゃんみたいな探索者になりたい。」

 髪を切った蘭は大きな瞳に長い睫、白磁のような肌で人形みたいな美少女だった。

 「いや、アイドルなんて…それに私よりもっと目標にふさわしい人はいるよ。」

 蘭は照れていたが、女の子の目は輝いていた。

 そして、その様子をドローンが撮影していた。

 これまでダンジョン動画を配信していなかったT大ダンジョン部の初の動画配信は災害ボランティア活動になった。

 ダン学連の新人戦で優勝したうえに越谷ダンジョンで特異種のキメラを倒したことで七音は有名パーティになっていた。

 その初配信ということで視聴者数は100万をすぐに超えた。

 「ふふ、これで探索者のイメージアップは間違いなしよ。さすが私。」

 動画配信を仕掛けた津田部長は自画自賛していたが、

 「気持ちの悪い独り言は止めてください。」

 隣にいた副部長は冷たかった。

 「ううっ、酷い言いようだね。少しは褒めてくれても。」

 「まあ部長の意図は理解します。探索者の身体能力を怖がる人たちには今回のボランティア動画も有効でしょう。でも悪人面(あくにんずら)で笑うのはいかがなものかと。」

 「ぐふっ。」

 津田部長がどこまで狙っていたかは分からないが、髪を切って素顔を見せた蘭の美少女ぶりは瞬く間にネットで広がり、動画の続編を求める声が殺到した。



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