第21話 ユニークスキルと報奨金
岩槻ダンジョンに未知の魔物が出現したのとほぼ同じ時期に世界各地のダンジョンで、その階層の魔物とはかけ離れた強さを持つ未知の魔物が現れた。
従来の魔物より遥かに脅威になるこれらの魔物は「特異種」と称されることになった。
国によっては特異種を討伐するまでに多くの犠牲が出た。
日本では犠牲者が少なくて済んだのは帝都大の七音と正法大の魔法戦士の活躍によるものだとダンジョンギルドは発表した。
強敵を倒したことで七音と橘さんのレベルは一挙に2上がった。特に貢献の大きかった宗人は3上がった。
これまでは2年生がパーティの主力だったが、宗人の成長は著しく、透士も急速に成長し、力の差はなくなってきた。
そのことを2年生の3人は喜んでくれていて、宗人と透士は安っぽい嫉妬心と無縁な先輩たちを改めて尊敬した。
七音のレベルは美邦がLv11、蘭、顕続と宗人はLv10、透士はLv9になり、上級生パーティ並みになった。ちなみに橘さんもLv9になっている。
宗人は戦国武将の立花宗茂の霊的存在から加護を得たことで特殊なスキル「西国無双」を使えるようになったが、西国無双は敵の防御力を無視して大ダメージを与えるというとてつもないスキルだった。
さらに「西国無双」に加えて、「
七音の他のメンバーも加護は得ていないが、美邦と透士も「武士の心得」を得て、蘭は「忍びの心得」、顕続は「
忍びの心得は攻撃力と素早さに加えて気配察知スキル、罠解除スキルが強化され、薬師の心得は防御力と魔力に加えて回復魔法が強化されるという、いずれも強力なスキルだった。
また同じ武士の心得でも効果は違い、美邦は攻撃力、防御力、素早さに加えて鎗術が強化され、透士は攻撃力、防御力、素早さに加えて盾術が強化された。
どのスキルも前例がなく、おそらくユニークスキルだと思われた。
七音のメンバーで話し合い、津田部長にも相談して、これらのスキルは加護を得たことも含めて公表しないことにした。
スキルを秘匿することについて、津田部長はダンジョンギルドのギルマスとも話を付けてくれた。
そして、七音と橘さんには報奨金も支給された。
「顕続、報奨金はいくらだったんだ?」
七音のメンバーは寮の共用棟のカフェに集まり、部長との面談から戻って来た顕続を迎えた。
いきなり金額を聞いた美邦に苦笑しながら顕続は答えた。
「僕ら七音には3千万円だそうだ。」
「体を張って化け物を倒した報償金としては高いのか安いのか微妙な額ですね。」
「あはは、透士の言うとおりだね。実はあまり高い金額にすると世論からやっかまれるのをギルドは気にしたようだよ。だから一時金は3千万なんだけど別の名目で毎月40万円ずつ10か月支給されるらしい。実質的には1人当たり1千万だね。そのほかに装備の無料での支給なんかもあるらしい。」
「そうか、妬みやそねみは厄介だからな。」
「残念だけど美邦の言うとおりだよ。」
「じゃあ一時金は一人あたり600万?」
蘭は大金を得られそうで喜んだ。
「単純に計算すると蘭の言う通りだけど。3000万の分配については相談があるんだ。」
顕続の言葉に蘭は不思議そうな顔をした。
「一番貢献度が高いのは宗人なんだけど、事前に打診したら僕ら2年生のお陰でレベルを急に上げることができたから、報酬は少なくして欲しいって言うんだ。」
「そうですね。俺と透士が強くなったのは先輩たちのお陰です。」
「それで美邦とも少し話したんだが、いつも正確な索敵で助けられているし、蘭は今回もキメラの動きを見抜いたり、投げナイフでも活躍してくれた。だから1400万を蘭の取り分にして、残りを4等分したいんだ。」
「賛成だ。私の槍はキメラを貫けなかったしな。」
「俺がバランスを崩したとき、蘭先輩がナイフを投げてくれなかったら危なかったですよ。」
みんなが口々に言うのを蘭は呆然と聞いていた。
もしかして自分の事情を話したんじゃないかと美邦を見ると、横を向いて下手な口笛を吹いている。
みんな下手な芝居だと蘭は思った。それに、お人好しだ。
大学に入るまで、周囲に気を許せる友人などいなかった。貧しくて無力な自分を馬鹿にするか、利用しようとする者ばかりだった。
だから蘭は人間関係とは損得だけで動くものと思ってきた。
父と別れてから母は昼も夜も働いたが賃金は安く、助けてくれる人もいなくて、貧しさから抜け出せなかった。
この世界は不公平で腐っている。
なのに、パーティの仲間たちはシングルマザーの年収の4、5年分にあたる大金を私にくれようとしている。
「どうして、みんな…」
ここで私に恩を売ってもメリットなんかないのに。
はっと気づくと、蘭は美邦に抱き締められていた。
「蘭はこれまで頑張ってきた。少しは報われてもいいんだ。」
なぜか涙が溢れてくる。
もう泣かないと思っていたのに。
報奨金は顕続の提案どおりに1400万が蘭に分配され、残りの4人は400万ずつ受け取った。
蘭は母親に電話して事情を話した
母は「いい友達を持ったね」と言った後、すすり泣いた。
1000万円を母の口座に振り込んだ。これで母の借金は一気に返済できた。
借金の返済がなければ母は自分の収入で食べていくことはできる。
卒業までに何とかと思っていたが、こんなに早く完済できるとは思わなかった。
手元には、なお400万円も残っている。今回はメインの装備は痛んでいないから、次の探索に備えるために、そんなにお金はかからないだろう。
これまでダンジョンで稼いだ金は、装備や消耗品を買うほかは母に仕送りしていたので、こんなにお金を持ったことはない。
物心がついてからずっと蘭は貧しく、周囲を信用できない環境で生活してきた。今は借金がなくなり、今後も稼げる見込みがあって、初めてお金に困らない状態になった。
そして七音のメンバーは信頼できる仲間だ。そもそも借金を一気に返せたのは仲間のおかげだし、蘭を自分の利益のために利用しようとする者たちじゃない。
蘭はほっとしたような、何かふわふわしたような妙な気分だった。
一晩寝てから、蘭先輩はお洒落な美容室に行った。これまでは安いチェーン店にしか行ったことがなかったので、入り口を入るのに勇気が必要だった。
美容師はどうしてこれまで前髪を伸ばしていたのか、絶対切ったほうが良いと力説した。
それなら久しぶりに前髪を切ってみようかなと蘭先輩は思った。
髪を切った後はブティックに行った。
いつも地味な服を買っていたのだが、店員が似合うとあまりに言うので、これまで買ったことにない可愛い服を買った。
その後でデパートに行って、対面販売の化粧品を買った。これまではドラッグストアでしか買ったことがなくて、デパートはキラキラした別世界だと思っていた。
店員がメイクをしてくれて、お似合いですと凄く褒めてくれた。きっとセールストークだよねと蘭先輩は思った。
デパートで鏡を見ると、見たことのない少女がいた。
どことなくフラフラとした歩調になって寮に帰ると、美邦の部屋を訪ねた。
部屋から出て来た美邦は一瞬驚いた表情をしてから、絶賛した。
「凄く可愛いよ、蘭。これが君の本来の姿だ。」
それからなぜか美邦は蘭の手を引っ張って共用棟のカフェに行き、「あいつらにも見せないともったいない」と言って男子を呼び出した。
男子は3人とも目を瞠って驚いてから、すごく可愛いと褒めた。「別人みたいです」と言った宗人は美邦に「言葉を選べ」と怒られていたが。
何だか不思議な一日だったけど、自分は少し変われたのかなと蘭は思った。
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