第19話 未知の魔物

 七音のメンバーはダンジョンフェアリーズと和やかに話していた。これまでの探索が順調だったこともあって、みんなリラックスしている。

 そのとき、蘭先輩は不意に首筋に異様な寒さを感じた。

 「みんな気を付けて!」

 何か恐ろしいものがいる。慌てて気配を探ると、森林の中から異様な気配が漂ってくる。

 「森の中に何かいる!」

 森の中から土煙が上がり、悲鳴が聞こえて来た。

 どうやら強力な魔物に探索者が襲われているらしい。

 「部長の悪い予感というのはこのことかな。」

 七音のメンバーは装備を確認して武器を構える。のんびりした空気は一変した。

 森の中からわらわらと探索者たちが逃げ出してきた。

 中には酷い怪我を負っている者もいた。

 「大丈夫か?今、回復する。」

 顕続先輩が治癒魔法をかける。

 「ありがとう、助かったよ。」

 何があったのか聞くと、見たこともない強力な魔物が現れたようだった。正法大のビューティ&ガイズが食い止めている間にレベルの低い探索者たちは逃げ出したらしい。

 「俺たちがいても役には立たなかったと思うが、逃げるしかできないなんて。彼らの攻撃もあまり効いていないようだったのに。」

 どうやら強力な魔物が現れたようだ。

 「どうする顕続?」

 「ここはレベルの低いパーティが多い。ビューティ&ガイズが食い止めているみたいだけど、攻撃が効かないなら長くはもたないだろう。僕らが逃げると、きっと犠牲者が増える。」

 「ああ、私たちも戦おう。」

 美邦先輩は賛成し、宗人と透士も頷いた。

 「でも危なくなったら逃げるべき。」

 蘭先輩は顕続先輩や美邦先輩のような博愛精神は持っていない。他人を助けるために仲間に無理をさせたくないと考えていた。

 「分かった。かなわなかったら逃げよう。僕も自己犠牲の精神は持ち合わせてないよ。」

 顕続先輩の言葉に蘭先輩は小さく頷いた。

 それでも危険なのは間違いない。Dフェアリーズの子たちを巻き込むわけにはいかない。

 「Dフェアリーズの皆さんは地上に戻って、高レベル探索者の救援を呼んでください。」

 「「分かりました―。」」

 フェアリーズのメンバーたちは返事をした。鳴多さんは少し考え込む様子だったが、他のメンバーと一緒に上層に向かって行った。


 七音は森の中を進んでいく。

 途中で未知の魔物から逃げ出してきたような

 「こっち。大きな気配がする」

 蘭先輩がいるので方向を迷うことはない。

 しばらく進むと、広場のようなところに出た。

 そこでは巨大な魔物と探索者が戦っていた。

 魔物の顔はライオンのようだが、蛇のような尾があり、脚には大きな蹄がある。

 「何だ?これは。まるで伝説の魔獣魔物みたいだ。」

 「美邦の言うとおり、いろんな魔物が混ざっているみたいだね。」

 魔物は口から火を噴き、前衛の探索者が炎に包まれる。

 「魔法も強力だな。」

 魔法を受けた前衛に後衛の治癒士が回復魔法をかける。

 前衛の火傷は治ったようだが、盾にはヒビが入り、動きもやや鈍くなっている。

 「このままではまずいな。よし、助けに行こう。」

 七音のメンバーは駆け出した。

 

 正法大のビューティ&ガイズは苦戦していた。

 橘さんの雷魔法で魔物が痺れている間に攻撃をしたが分厚い皮膚を貫けない。そのうちに魔物は橘さんの魔法を警戒するようになり、橘さんが詠唱に入ると火魔法を放ったりして、橘さんの魔法を妨害するようになった。

 前衛には盾を持った騎士が二人いるが、二人とも傷から血を流している。

 治癒士は魔力が尽きないように、傷が大きいときだけ回復魔法をかけていた。前衛 の二人には疲労の色も見える。

 「なんだ、急に動き出したぞ!」

 それまで立ったまま戦っていた魔物が突如として突進を始めた。

 「うわぁー!」前衛2人は弾き飛ばされる。

 そして治癒士に尾を振るった。

 治癒士は吹き飛び、腕がおかしな角度で曲がった状態で地に落ちる。

 さらに皮膚が紫色に腫れあがっていく。どうやら毒を受けたようだ。

 「これはまずいな。」

 ビューティ&ガイズのメンバーは蒼褪めた。治癒士が動けなくなると、戦闘を維持できない。

 そのとき、彼らの頭上を越えて魔法の炎が飛び、魔物に向かっていった。

 「キュアポイズン!」

 回復魔法も唱えられ、治癒士の腫れが収まっていく。

 「援軍か?」

 「帝都大の七音だ。加勢する!」

 宗人は新たに覚えてファイヤーウォールを唱えて魔物の視界を遮る。

 そのすきに顕続先輩は負傷者に回復魔法をかける。

 「ピアース!」

 美邦先輩は魔物に槍を振るうが、皮膚に深く刺さらない。

 「なんだ、この堅さは。」

 反撃とばかりに魔物は蛇の尾を振る。

 「尾に気を付けて!」

 蘭先輩の警告を受け、透士が体を入れて盾で受け止めた。重そうな一撃だ。しかも 尾の先の棘から紫色の液体が飛び散る。 

 「あれは毒です!」

 橘さんが警告し、顕続先輩はキュアポイズンを唱える準備をする。

 だが毒液が透士にかかったとき、籠手と脛当が白く輝き、透士は毒を受けなかった。

 「何ですか?今のは。」

 「防具が毒を防いでくれたようです。湾岸ダンジョンで得た防具の効果はギルドで鑑定してもらっても分からなかったんですが。」

 「そんな防具があるんですね。私たちのパーティにもあれば。」

 橘さんは唇を噛んだ。

 「ビューティ&ガイズの皆さんは撤退して救援を呼んできてください。僕らの防具 は毒を防げるようなので、食い止めることはできます。」

 顕続先輩の声にビューティ&ガイズのリーダーの男性は唸った。

 「俺たちも一緒に戦いたい。だが前衛の盾は痛み、治癒士の魔力も付きかけている。済まない、この恩はいつか必ず返す。」

 そして撤収の準備を始めたが、橘さんは動こうとせず、宗人をちらっと見る。なぜかこのまま彼を残して去ってはいけない気がした。

 「私は残りたい。雷魔法は当たれば動きを止めることができます。遠距離から攻撃すれば毒も受けにくいはず。」

 「うちのパーティで魔法を使えるのは宗人一人だから有難いが。良いのか?」

 「はい。」

 美邦先輩の問いかけに橘さんは迷わず答えた。

 「ううむ、そうか。では姫を宜しく頼む。」

 橘さんの目を見て本気だと悟ったビューティ&ガイズのリーダーは、他のメンバーと共に上層に向かった。

 七音は橘さんも加えて、魔物と向き合う。

 「グルウウウ」

 毒が通じないことに腹を立てたような魔物は、今度はライオンの口を大きく開けて、美邦先輩に噛みつこうとする。

 だが透士が体を入れて盾で受ける。

 怒った魔物は足を踏み鳴らした。

 巨体の魔物が暴れることで大地が揺れる。

 透士がバランスを崩して手をついたところに蛇の尾が迫る。

 「シッ!」

 蘭先輩が投げたナイフが尾に当たり、軌道が少し逸れ、透士は尾をかわすことができた。

 「ありがとうございます!先輩。」

 「ん。」



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