第13話 新人戦開幕

 ダン学連の新人戦の初日。

 ダンジョン寮では、蘭先輩が美邦先輩の部屋にやって来ていた。

 「美邦、起きて。」

 「頼む、あと10分でいいから。」

 美邦先輩は朝が弱い。布団好きなので布団から離れたくないのもあるらしい。

 「もう、遅刻しちゃうよ。」

 普段はきりっとしている美邦先輩だが、こうなると面倒臭かった。

 蘭先輩は布団を剥ぎ取ることにした。

 二人は結局、開幕式には間に合わなかった。


 「さあ、今年もダン学連新人戦の季節が来ました!」

 ダン学連の公式チャンネルで新人戦の中継が始まった。

 関東ダンジョン学生連盟の主催すうる新人戦はネットで人気のコンテンツだ。録画中継のためにカメラを搭載したいくつものドローンが汐留ダンジョンの中を飛んでいる。

 得体の知れないダンジョンを怖がる一般人は少なくないが、日本経済の実態としてはダンジョンから得られるマナストーンにエネルギー源を依存している。そこで「ダンジョンに親しんでもらうためのお祭り」としてダン学連が政府に補助金を出させて始まった。

 だが「本当の狙いは探索者に親しんでもらい、怖がらせないためのイベントだよ」と杼口先輩は宗人たちに話した。

 超人的な能力を持つ探索者を怖がる人は少なくない。

 ダンジョンギルドは政府から独立した組織だが、政府の管理下に置くべきだという意見を言う者もいる。

 危険をおかして社会のためにマナストーンを採りに行っている探索者にしてみればとんでもない話だ。

 ところで新人戦では最近まで普通の高校生だった者たちがダンジョンで活躍する。

 身近な存在が探索者になって活躍することを強調するために、ダン学連は毎年、新人戦の中継では有力な新人たちの出身地を紹介して、近所の人たちの応援コメントを流している。

 探索者は身近な若者だと強調するのが狙いだ。

 新人戦は団体戦と個人戦に分かれている。

 団体戦は汐留ダンジョンの1階から4階までの到着タイムを競う。参加資格は1年生が2人以上いる5人以下の1・2年生パーティであることだ。

 個人戦は汐留ダンジョンの2階で制限時間内に倒した魔物の数で争われる。参加資格はシンプルに1年生であることだ。

 新人戦はまず個人戦、次に団体戦の順番で行われる。

 団体戦は個人戦以上に各大学の実力が反映されるので、応援団も熱が入り、会場も盛り上がる。

会場の周囲には大学の名前を染めた幟が立ち並び、フェスティバルのような華やかな雰囲気になっている。

 帝都大の応援席にはスクールカラーの淡青の生地に「鳴り響け、七音」と染め抜いた旗が翻っている。宗人たちのパーティ名は「七音」に決まった。

 七音はドレミファソラシドを意味する。

 それぞれが個性を発揮しながら、全体としては一つの旋律を奏でるようなパーティを目指そうと考えて付けた名前だ。

 メンバーは5人なのに7つの音で良いのかという感じもあるが、何となくこれで良いという気がしたのだった。

 「しかし、よく旗が間に合ったな。」

 「応援団が頑張って作ってくれたらしいぞ。」

 「そうか、期待に応えないとな。」

 宗人と透士は旗を見ながら気持ちを新たにした。

 「ところで美邦先輩と蘭先輩は?」

 「ああ、美邦は朝が弱いんだ。蘭が頑張ってるから、そろそろ来ると思うんだけどね。」

 顕続先輩は頭をかいた。


 七音は団体戦の帝都大代表だが、個人戦の代表としても宗人はエントリーされている。

 魔法戦士は近距離の魔物は物理攻撃で、遠距離の魔物は魔法で攻撃できるので個人戦では有利だとされている。

 「新人戦の初日は個人戦です。解説には享保大OGで、現在ではダンジョンギルドで広報を担当されている三条芽衣さんに来て頂いています。三条さん、今年はどんな選手が有力でしょうか?」

 中継では司会が解説者に話を振っていた。

 解説者の三条芽衣さんは享保大OGらしい華やかな雰囲気のお姉さんだ。だが現役のときはトップ探索者の一人として知られ、前衛で大剣を振るい「ブラッディメイ」の異名で呼ばれていた。

 「そうですね。各校とも有望な新人が揃っています。前衛タイプも後衛タイプも、入学してまだ2か月なのにレベル5に達している選手たちが何人もいます。前衛だった私としては近接戦闘職に期待したいところです。享保大一年の澄友(すみとも)は良い剣筋をしています。」

 「強くて美しい前衛は享保大の伝統ですね。」

 「ありがとうございます。ただし個人戦では総合力で有力なのは、やはり魔法戦士のジョブを持つ選手でしょう。正法大一年の橘さんは強力な雷属性魔法の使い手で、サンダーボールに加えてライトニングも習得しています。それに加えて剣術も優れています。正法大のダンジョン配信では人気があって、ご存知の人も多いと思います。」

 「正法大の雷姫と呼ばれているみたいですね。」

 「異名で呼ばれるのは強い探索者であることの証明ともいえますね。入学してすぐに異名がつくのは異例です。」

 「なるほど。そして、今年の一年生には、レアジョブの魔法戦士がもう一人います。」

 「ええ、帝都大一年の鷹羽君ですね。帝都大はダンジョン配信をしていませんが、南関東公立大のダンジョンアイドルたちを救出したときの動画を見ることはできます。その動画を見ると、火魔法と剣術のどちらも優れていることが分かります。橘さんも鷹羽君は二人ともLv6に達していると聞きますし、新人離れした実力者といっていいと思います。」

 「そうですか、今年は有望な新人が多くて楽しみですが、その中でも橘選手と鷹羽選手は注目されますね。実は、橘選手の出身地の京都と鷹羽選手の故郷の福岡と中継がつながっています。」

 画面は切り替わり、まず京都からの中継が始まった。歴史的な街並みが映り、橘さんの行きつけの呉服屋の女将が登場した。女将は、橘さんは成績も良かったし茶道でも期待されていたことを紹介して、「ほんに文武両道のお嬢さんどす」と褒めた。そして「おきばりやす」と声援を送った。

 次に宗人の故郷である博多からの中継に切り替わると、行きつけだった豚骨ラーメン屋の店主が登場した。店主のおじさんは、高校生のときの宗人はいつも大盛りでも足りないので麺をサービスで多めにしていたことを紹介して、「がんばらんね!」と激励した。

 ちなみに京都と福岡から中継することは橘さんと宗人には知らされていない。選手たちは既にスタートの準備をしていたので、この画面は見ていない。

 後で中継の内容を知った宗人は恥ずかしさのあまり悶絶した。


 汐留ダンジョンの広い2層に散らばり、各校の代表が位置についた。

 「さあ、いよいよ個人戦が始まります。」

 号砲が鳴り、各選手は一斉に飛び出していく。

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