第12話 新人戦の代表選出

 6月になり、新人戦が近づいてきた。

 新人戦は、ダンジョン探索者学生連盟、略称「ダン学連」が主催するイベントだ。

特に関東支部の行う新人戦は参加校が多くて毎年有望な新人も出てくるので、動画配信でも人気のコンテンツになっていて、暑い初夏の風物詩とも言われる。

 団体戦にはダン学連に加盟する各大学の代表パーティが参加する。

 新人戦の代表パーティに選ばれることは大学の将来を背負うことが期待されているあかしなので、非常に名誉なことだ。


 寮の食堂で宗人と透士が昼ご飯を食べていると、メールの着信音が鳴った。

 「何だろう」と透士は携帯を開き、「うわっ!」と大きな声を出した。

 「何だよ、食事中に大きな声を出すなよ。箸を落とすかと思ったよ。」

 「これを見てみろよ、ていうかお前にもきっと来てるよ。」

 透士に言われて携帯の画面を開いた宗人は、やはり大声を上げた。

 二人の携帯には、『新人戦の代表として選んだので活躍を期待する』という部長からのメールが届いていた。

 「俺たちが代表か、驚いたな。」

 「ああ、推薦入学者で固めたパーティが選ばれるのかと思った。」

 ダンジョン推薦で入学した者がすべてダンジョン部に所属するわけではないが、推薦入学者の中にはダンジョン部にも所属して探索を学生生活の中心にしている一団がいる。

 帝都大のトップクラスのパーティはたいていその中から育ってくる。

 その点、蘭先輩と宗人はダンジョン推薦だが、あとの3人は一般入試で入学している。それなのに新人戦の代表に選ばれたのは大抜擢という印象だ。

 「それに部長から直々にメールが来るとはな。」

 帝都大ダンジョン部部長の津田桜は帝都大のトップパーティのエースであり、すべての探索者の中でも最強クラスだともくされている。

 普段はダンジョンに入れる最年長の研究科修士課程二年生が部長になるが、桜はまだ研究科一年生なのに部長になったのは、その実力が認められているからだ。

 部長になるとダンジョン探索の時間が短くなるので、桜は部長就任を断ったらしいが、探索者としての実力もカリスマ性も抜きん出ていたので周囲がどうしてもと言って、日常業務は副部長が担うことを条件に部長を引き受けたらしい。

 そんなわけで津田部長はダンジョンに潜っていることが多いので、宗人と透士はまだ会ったことがない。

 二人が驚いていると、顕続先輩がトレーを持ってやってきた。

 「ああ、君たちにもメールが来たんだね。」

 「新人戦の代表ですよ!驚きました。」

 「そうだよねえ。でも先日、汐留ダンジョンのボスを倒したことを部長に報告したら、すごく喜んでくれてね。1、2年生だけのパーティがこの時期にボスを倒すことは珍しいんだ。」

 年度が始まってすぐに1、2年生がボスを討伐する場合、たいていは上級生と一緒のパーティだった。

 「部長には不思議な声を聞いた宗人が活躍したおかげで、僕らはまだ力不足だと報告したんだけど、部長は『なお良い』とおっしゃってね。ダンジョンは分からないことだらけだから、不思議な助けを得られたのは将来への期待が高まるんだそうだ。『宗人君と君たちのパーティはダンジョンに嘉されているのかもしれない。これからも期待しているよ』と言っておられたよ。」

 そんなこともあって、先輩は代表に選ばれたことを驚いていないようだった。

 「まあ今後も困ったときに不思議な声に助けてもらえるとは限らないし、自分たちの力だけで乗り切るつもりで鍛えないといけないだろうけどね。」

 それはそうだと二人も思った。


 「ところで先輩は今日の昼もカレーですか。確か昨日の夜もカレーだったような。」

 透士が話題を変えると、先輩は妙に熱く答えた。

 「ああ、カレーはいいよね。暑い季節になると僕は毎日二食くらいカレーだよ。」

 「えっ、俺もカレーは好きですけど、そんなに食べて飽きませんか?それにそんなにカレーばかりだと体に良くないんじゃ。」

 顕嗣先輩は気色ばんだ。

 「体に良くないとは聞き捨てならないね。いいかい、カレーのスパイスは漢方薬として使われているものが多いんだ。たとえば黄色のもとになるターメリックはウコンとも呼ばれて肝臓にいいんだ。香りと苦みのもとになるクローブは丁子とも呼ばれて胃腸を温める効果があって、…。」

 先輩の話は止まらない。昼休みの間ずっとカレーの素晴らしさを聞かされた二人はぐったりした。

 そう、顕続先輩は人呼んで『カレーの伝道師』。

 常識人と思っていた顕嗣先輩も変人だったのは衝撃だった。

 先輩たちが3人だけのパーティだったのは変人揃いだったからじゃないかと二人は思った。


 その日の放課後、新人戦の相談をするため、寮の共用棟のカフェにパーティのメンバーは集まった。

 新人戦の団体戦は汐留ダンジョンの4階までのタイムアタックで争われる。

 「私たちも良い線は行くと思う。レアジョブが3人もいるし、レベルも高いほうだからな。ただ他の大学も代表パーティは強い。中でも警戒すべきなのは正法大と享保大だと思う。」

 「美邦の言うとおり、正法大と享保大は強いよ。でも対戦するわけじゃなくてタイムを競うから、結局は自分たちの力を出し切ることが大切だよ。」

 「顕続の言うとおりなんだけどね。一応、他の大学の代表パーティを見ておこうか。」

 美邦先輩はタブレットから正法大ダンジョン部の動画配信サイトにアクセスした。

 正法大は難関の有力私大だ。学生数が多い大学でもあり、ダンジョン部の部員も多い。

 先輩は動画の一つをクリックした。

 再生された画面では、5人のパーティがオークと戦っている。オークは汐留ダンジョンの9層に出現する魔物で、1、2年生の探索者にとっては強敵だ。

 前衛の盾持ち二人が足止めをして、後ろの魔法師が魔法でダメージを与えている。もう一人は治癒士のようだ。

 魔法師は、何発か魔法を撃ったら前に出て剣を振るい始めた。どうやら魔法戦士らしい。その鋭い剣筋は戦士顔負けだ。

 魔法戦士が躍動すると、後ろで結った長い黒髪が揺れる。まるで舞うような綺麗な動きをしている。それに、アップで映った顔は凛として美しかった。

 「新人戦に出るパーティでは汐留の9層まで降りているのは少ない。この魔法戦士の女子は一年生だけど強いよ。雷の魔法は強力だし、剣筋も鋭い。」

 美邦先輩の解説を聞きながら画面の魔法戦士を見た宗人は、不思議な感情が込み上げて来て、目を離せなくなった。

 「どうした宗人?この子は好みなのか?」

 透士が茶化してきて、ようやく宗人は我を取り戻した。

 「いや、そういう訳じゃないんだけど。なぜだか気になったんだ。」

 「この子は宗人の良いライバルになるかもしれないな。」

 そう言ってから先輩は、次に享保大の動画サイトにアクセスした。

 享保大は、お坊ちゃんお嬢ちゃんの多い大学として知られている有力私大だ。正法大とはライバル関係にある。

 再生の始まった動画を見ると、なぜか防具にブランドのロゴが入っている。

性能も良くてファッション性が高い防具だという解説もされる。

 「享保のスポンサーにはブランドショップもいるらしいんだよ。」

 「顕嗣の言うとおりだ。お洒落な防具はちょっと羨ましいかな。」

 享保大の配信動画はお洒落なことでも人気があるらしい。

 「享保の代表パーティにはレアジョブはいないが、前衛の剣士はなかなかだな。全体としてバランスも取れている。この他にもノーマークの強い新人がいるかもしれない。気を抜かずにいこう。」

 「美邦の言うとおりだ。それからもう一つ。新人戦に出るにはパーティ名を決める必要があるんだ。どんな名前が良いか考えて、来週あたりに決めよう。」

 先輩たちはこれまでパーティ名を決めずに活動していた。

 自分たちにふさわしい名前はなんだろう。宗人と透士は考え込んだ。


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