第11話 初めてのお給料?と隠れ家カフェ
5月最後の日曜日。
普段の週末はダンジョンを探索しているが、寮のカフェで宗人はのんびりアイスコーヒーを飲んでいた。
想定以上に強かったボスとの戦いの疲れを取るため、探索はお休みになっている。
しばらくまったりしていると、透士がやってきた。
「宗人、口座を確認したか?」
「確認してないけど、何で?」
透士は苦笑した。
「お前、忘れてるだろう。ダンジョン探索の報酬が振り込まれてるはずだ。まあ金を気にしないのは格好良いとも言えるが、確認くらいしておいたらどうだ。」
ダンジョンで得たマナストーンやドロップアイテムは、各ダンジョンの一階にあるダンジョンギルドの窓口に渡す決まりだが、その報酬はまとめて毎月25日に振り込まれる。
探索者はたいてい寮費が無料の寮に入っているので、ダンジョンを探索するたびに報酬を受けなくても生活に困らない。ギルドの人手も少ないので、事務負担を軽くするために毎月まとめて払うことになっている。
タブレットの画面で口座を確認した宗人は、数字を見て目を丸くした。
「え、何だこれ?報酬が50万?こんなにもらえるのか。どこのおじさんの給料だよ。」
「俺も同じくらいだったよ。初級ダンジョンでも随分と稼げるみたいだな。あと、よく見てみろよ。特別報酬ってのもあるはずだ。ちなみに先輩たちも本来出現しないゴブリンナイトを倒した特別報酬を受け取ったらしいぞ。」
宗人がさらに確認してみると、報酬とは別に特別報酬50万円も振り込まれていた。
「おお、本当だ。振り込まれてる。」
「ダンジョンアイドルの子たちを助けた報酬だ。人命救助が50万といのは高いのか安いのかよく分からんが、ゴブリンを倒す報酬と思うと破格だよな。」
「そうだな。別に報酬が欲しくて助けたわけじゃないけどな。」
合計で100万円の収入になった。ちなみにダンジョンで得る報酬に税はかからない。
宗人は使っていた剣が折れたので、これまでより品質の良い剣を30万出して買うことにしたが、それでも70万円は残る。
何に使うか考えた結果、初めて自分で稼いだお金なので、福岡の両親にプレゼントを贈ることにした。
何だか初任給をもらった社会人みたいだと思いながら、ネットで適当に選んで父にネクタイ、母にはアクセサリーを贈ることにした。
自分でも少しは使おうと思ったが、これといって思いつくものはない。
そういえばと、寮の近くの気になっていたカフェに行ってみることにした。
散歩中にたまたま見つけた店だ。
住宅地の中だし、看板も小さくて見逃しそうだが、不思議な雰囲気があった。
コーヒーにはこだわりがあるみたいで、メニューを見ると値段は安くない。
豆を自分で選んで淹れてもらい、ケーキとセットにすると1500円くらいになるみたいだった。
庶民である宗人の金銭感覚では学生の入れる店じゃなかったが、こんなにダンジョンで稼げるなら行ってみようかと思った。
ちょうど曇りの日で陽射しもあまり強くなくて、寮から快適に歩いて行けた。
普通の人なら歩いて30分くらいかかるが、ダンジョンで身体能力の上がった宗人は20分もかからずに着いた。だんだん普通の人間からずれていく気もする。
魔法はダンジョンの中でしか使えないが、ダンジョンで向上した身体能力は地上でも変わらない。
研究者によると、魔法はマナの濃いダンジョンの中でしか使えないが、向上した身体能力は地上でも変わらないということらしい。
ちなみに寮にあるジムは、体を鍛えるというよりは上昇した身体能力に慣れるために使われている。
住宅地の目立たないカフェに着いた。
思い切ってドアを開けると、鈴がチリンチリンと鳴った。
「いらっしゃいませ。」
元気な声の女の子が迎えてくれた。
レースがふんだんに使われた黒い制服で、目の大きな可愛いウェイトレスだ。
「どうぞ、空いている席にお座りください。」
店の中に進むと、カウンターの向こうでマスターと思われる初老の男性が穏やかに微笑んでいる。
カウンターに5席、窓側に4人掛けの席が3つという小さな店だった。
宗人はカウンダ―の一番端っこの席に座った。
メニューを開くと、いろんなコーヒー豆があるようだ。マンデリンとかキリマンジャロとかは聞いたことがあるけど、モカマタリって何だろう。
「何になさいますか。」
落ち着いた声でマスターは聞いてきた。
「メニューを拝見して、豆にこだわりがあるんだなと思いました。コーヒーはよく飲むんですが、あまり銘柄には詳しくないんです。お勧めの豆はありますか?」
「それでしたら、今日の日替わりはグアテマラです。あとは、ブラジルのピーベリーが入っています。希少な豆なので少し高くなりますが。」
「実は今月は臨時収入があったんです。だからピーベリーをお願いします。」
マスターによるとピーベリーというのは1つの実の中に普通は2つ種があるのに1つしか種がないコーヒー豆のことらしい。希少な豆のようだ。
「臨時収入と言っておられましたが、もう働いているんですか?若いので学生さんかと思いましたが。」
「俺は学生です。ただ、ダンジョンを探索してるんです。」
答えてから宗人はしまったと思った。ダンジョン探索者は常人とは違う身体能力を持っていることが多い。
自分たちより遥かに力が強く、速く動ける探索者のことを怖がる人も多いと聞いていた。
「そうですか、ダンジョン探索者だったのですね。大海嘯のあと、電気が戻ってきて私たちが何とか暮らしを取り戻せたのは、貴方たち若い探索者のお陰です。」
マスターが穏やかに話してくれたので、宗人はほっとした。
「お客さんはダンジョン探索者なんですね。怖い人もいるって聞きますけど、お客さんは優しそうだから怖くありませんよ。」
ウェイトレスも宗人の気持ちを軽くしてくれた。
セットのケーキも美味しかった。
「ご馳走様でした。また来ます。」
宗人は行きつけの店というものに憧れていたので、去り際にそう言ってみた。
「「ええ、お待ちしています。」」
二人の返事が嬉しくて、宗人の足取りは軽くなった。
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