第10話 ボスに挑む

 汐留ダンジョンの10層は狭い。

 一本道を進むと大きな扉のある部屋の前に出た。

 ここまで魔物には出会っていない。10層に出現する魔物はボスだけだ。

 だが、そのボスは強い。

 汐留ダンジョンの9層までで一番レベルの高い魔物はマタンゴのレベル6だが、ボスはレベル7だ。

 両開きの大きな扉には入り組んだ不思議な文様が彫られている。

扉の前で美邦先輩が振り返る。

 「さあみんな、行くぞ。」

 そして先輩は扉を開けた。

 部屋の中は真っ暗だったが、壁の窪みにあるランプのような照明が一つずつ点いて、うっすら明るくなっていく。

 部屋の奥には巨大な椅子があり、巨大な魔物が座っていた。

 魔物はゆっくりと立ち上がる。身長は3メートルくらいありそうだ。目は一つしかない。

 汐留ダンジョンのボスはキュクロプス。古代ギリシアの詩人ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に登場する怪物の名前だ。

 初級ダンジョンにしては強く、初級ダンジョンの番人とも呼ばれている。

 「咆哮(ハウリング)が来るよ。」

 風波先輩が予告してすぐに、魔物は息を吸い込むと咆哮した。

 低レベルの探索者だと体が硬直してしまう精神への攻撃だ。

 宗人も透士も集中していたので咆哮の影響を受けなかった。先輩たちはレベルに応じて精神攻撃への抵抗力も高くなっているので平気だ。

 咆哮した後にキュクロプスはしばらく動きを止めることが知られている。

 「今だ!」

 叫ぶと同時に美邦先輩は槍を構えて魔物にダッシュして行く。

 「ファイヤーボール!」

 宗人はファイヤーボールをキュクロプスの顔面に放った。キュクロプスは魔法耐性が高いので大きなダメージは与えられないが、目くらましにはなる。

 「シッ!」

 蘭先輩の投げた短剣がうまく目に突き刺さる。

 「ガアア」

 怪物は目を抑えて叫ぶ。

 そこに美邦先輩は走り込み、キュクロプスの腹に槍を突き込んだ。

 「ピアース!」

 貫通力を増すスキルを使った先輩の槍はキュクロプスに深く刺さる。

 「グアアア!」

 怪物が痛みに狂乱し、腕を振り回す。

 闇雲に振り回していても、丸太のような太い腕に当たると小さくないダメ―ジを受けるので、簡単に近づけない。

 だが透士は盾を構えて近づいて、タイミングを図って腕をなんとか受け止めた。

 「くおおお!」

 キュクロプスの勢いは強くて透士の足はズズッと地面を後ろに滑るが踏みとどまる。盾越しに透士はダメージも受けたが、杼口先輩がヒールで回復する。

 怪物の動きが止まったところで、後ろに回り込んでいた宗人が背中を切りつける。

 その傷に美邦先輩が槍を突き入れた。

 「ペネトレイト!!」

 ペネトレイトはピアースよりも威力の高いスキルだ。低レベルの探索者では使える者は少ない。

 宗人たちはこれでボスを倒せたと思った。


 「グアアア!!」

 ひときわ大きく吠えるとキュクロプスは腕を振り回して美邦先輩をふりほどくと槍を引き抜いた。

 そして、予想外の事態に珍しく呆然としている美邦先輩を巨大な拳で殴り飛ばした。

 壁まで吹き飛ばされた先輩はぶつかった反動で前に倒れた。脳震盪を起こしているかもしれない。

 キュクロプスは強いと聞いてはいたが、ここまで強いのかと顕続先輩は衝撃を受けた。レベル7とはいえ単体なので、これまでに与えたダメージで倒せるはずだった。特に美邦はボスと同じレベル7に達している。これほど一方的に吹き飛ばされるはずはない。

 キュクロプスは倒れた美邦先輩に迫る。

 「美邦!」

 蘭先輩が短剣をキュクロプスに投げたが、動きは止まらない。

 キュクロプスは聞いていた以上に強い。このままでは美邦先輩は治癒魔法で回復しきれないような大怪我を負うかもしれない。それどころか殺されかねない。

 そう思うと宗人の身体は自然と動いていた。

 「おおおお!!」

 雄叫びを上げながら巨人の怪物に突っ込んでいく。

 剣を両手で抱えてキュクロプスの軸足にぶつかると、体制を崩すことができた。

 巨人は怒って咆哮すると、美邦先輩から目を離し、宗人に敵意をぶつける。

 宗人の剣はぶつかった衝撃で折れてしまった。美邦先輩の危機は防げたが、これはまずいかもしれない。

 その瞬間、宗人の脳裏に声が響いた。

 『やれやれ、勇気というより無謀というべきか。だが味方の危機に立ち向かったのは良いな。この魔物は少しおかしいようであるし、力を貸すと致そう。』

 宗人は体の中から力が湧き上がってきた。それに何度も死線をくぐった者が持つ覚悟のようなものが己の中に芽生えた。恐怖や怯えが拭い去られる。

 キュクロプスの暴風のような拳を紙一重でかわすと、巨人のもう1本の腕を踏み台にして空中に飛び上がる。

 空中でファイヤーボールを放つと、互いに動きながらなので命中は難しいはずだが、キュクロプスの目に命中した。

 魔法の威力も大きく上がっているようで、命中した後に大きく火の粉が飛び散った。

 もう片方の目には蘭先輩のナイフが刺さっている。

 両目が傷付いた巨人はたまらず膝をついた。

 宗人は着地するやいなや足でしっかりと大地を捉え、すぐさま加速する。

 折れた剣を両手で持ち、美邦先輩の槍が刺さっていた箇所に体ごとぶつかるように突き刺した。

 宗人の腕は怪物の身体にめり込み、折れた剣は体内深くまで届いた。

 「ゴオアアアアア!」

 怪物は絶叫し、ひときわ大きな光を放つと消滅した。


 透士は盾を放り投げて宗人に駆け寄ってきた。

 「やったな!」

 拳を宗人とぶつけあって喜ぶ。

 顕続先輩も駆け寄ってきて、「ありがとう。危ないところだったよ」と言ってハグをした。

 蘭先輩は「good job」と言って親指を立てた。

 美邦先輩もふらつきながら宗人のもとにやってきた。

 「今回は助けられたよ。ありがとう。」

 そのとき、宗人の脳裏にまた不思議な声が響いた。

 『初めてのボスの討伐、おめでとう。これで本格的な探索が始まるな。お主には期待しておる。さらに精進して強くなれ。』

 先輩たちと透士も動きを止めて周囲を見回している。

 「何だ?今の声は?みんなも聞こえたのか?」

 「うん、美邦。あたしにも聞こえたよ。時代劇みたいな話し方だった。」

 「僕にも聞こえたよ。まるで脳に直接話しかけてきたみたいだ。」

 「宗人、俺に聞こえたのは、ダンジョンの初クリアを祝いつつ、もっと強くなるように発破をかけるものだった。お前も同じか?」

 「ああ、同じだ。実はさっきの戦いで同じ声が頭に響いて、力を貸すと言ってくれた。俺が最後に良い動きができたのは、どうやら何かが助けてくれたからだよ。」

 一体どういうことだろうとみんな首を傾げる。

 それでもとにかく勝てた。

 強敵に勝ったおかげか、レベルも1ずつ上がっている。一度の戦いで全員のレベルが上がるのは異例だ。

 キュクロプスが消えた後には大きなマナストーンに加えて、宝箱もあった。

 蘭先輩が罠のないことを確認して宝箱を開けると、中には貴重な妖精銀ミスリルの武器が入っていた。

 おあつらえ向きにパーティメンバーの使う武器が一通り揃っている。

 まるで宗人たちが来るのを待っていたかのようだった。


………

 伊勢の山中の隠された聖域で、老婆が祈っていた。

 よく晴れた夜で、満天の星々を背景に鏡がぼうっと光っている。

 目を開けた老婆は呟いた。

 「ふむ、選ばれし者たちは最初の試練を乗り越えたか。過去の英雄の霊が手助けしたとはいえ、異常な魔物をよくぞ倒した。いろいろ苦労をしてきた子たちじゃ。よくここまで来たのう。」

 老婆は常人では見えないものがいろいろと見える。

「選ばれし者が全員揃い、英雄の霊に真に認められれば、人類の希望になるのやもしれぬ。」



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