サイドストーリー 風波蘭

 蘭は父親の顔を覚えていない。

 父と母は幼いうちに離婚したらしい。母からはそう聞いている。

 母は懸命に働いていた。昼は弁当屋で働き、夜はコンビニのレジに立っていた。

 それでも収入は増えなかった。

 「どうして一生懸命働いてもお金が稼げないんだろう」と子どもだった蘭は不思議に思った。

 そのうち、あまり働かなくても株や不動産で稼いでいる人や、親の人脈や資産で豊かな暮らしを送る人がいることを知り、なんて不公平なんだろうと思った。

 母を助けるために高校を出たら働こうと思っていた。

 ただ、高校の先生に勧められて駄目もとで帝都大のダンジョン推薦試験を受けたら合格してしまった。蘭が通っていた公立の中高は学力レベルが低く、塾に通うお金など無いし、学力はあまり高くなかったのだが。

 ダンジョン推薦だと学費は無料だし、ダンジョンを探索してマナストーンを獲ればお金が稼げる。

 探索者は頑張ってレベルを上げれば稼ぎが良いと知り、入学することに決めた。

後で聞いた話だが、ダンジョン推薦では学力テストのほかに知能テストもあり、蘭の知能が高いことが評価されたようだ。

 高校の先生は蘭の可能性に気付いて受験を勧めてくれたらしい。

 

 蘭は無類のキノコ好きだ。

 シメジもマイタケも安いスーパーなら100円以下で買えるのに良い出汁が出るからだ。

 小学校が終わると、母は働いているのでいつも公立の図書館で本や図鑑を読んでいた。熱心にキノコの図鑑を見ていると、キノコに詳しいおじいさんと知り合いになり、いろいろ教えてもらった。

 蘭がキノコのことをもっと知りたいと言うと、おじいさんは蘭の母に連絡をとって了解を得てくれて、近所の山に連れて行って野生のキノコについて教えてくれた。

 蘭は知識をみるみる吸収して、ついにおじいさんから免許皆伝と言ってもらい、キノコを自分で採って食卓を賑やかにすることができるようになった。

 中学生のとき、自分と同じように貧しい家庭で育った子と友人になった。その子から「簡単にお金が稼げる方法がある」と言われた。

 そんなうまい話はないだろうと思ったら、要するに援交だったので断った。

 しばらくして、友人が親戚のおじさんがご飯を奢ってくれるから一緒にと誘ってきた。少し変だと思ったが、援交を断ったばかりだったし、親戚だというのならいいかと思って一緒に行った。

 おじさんは金持ちそうだったので妙だと思ったら、親戚というのは嘘だった。

 路地裏の人気のない店の個室に入ったら、「あんただけ綺麗でいるなんて許せない」と言って友人は出て行った。

 おじさんは「ここからは逃げられない。言うことを聞いてくれたらお小遣いをあげる」と言った。

 蘭が「知らない人なので緊張しているし、ご飯を食べてお話をしたい」と言ったら、おじさんは機嫌がよくなり、ご飯とお酒を持ってきた。

 おじさんの隙をついて、蘭はもしものときのために持っていた「カエンタケ」の粉末をおじさんのコップに入れた。キノコのことを教えてくれたおじいさんが、本当に身の危険があるときだけ使うようにと言ってくれたものだった。

 キノコの毒は効果が出るまで時間がかかるものが多いが、カエンタケは摂取してから30分後くらいに症状が出る。

 何とか話をしたり、お酒を注いだりして時間を稼いでいるうちにおじさんは「寒いな」と言い出し、そのうちに「腹が痛い」と言ってトイレに入った。

 蘭はその隙に部屋を抜け出し、お店の人には「おじさんにいいことをしてお小遣いをもらった」と嘘をついて店を出た。

 その後、どうやって家に帰ったのかはよく覚えていない。帰りが遅いことを心配していた母に話すと、母は声を押し殺して泣いた。

 「うちが貧乏な母子家庭だから、そんな危ない子が近寄ってきたんだ。辛い目に遭わせてごめん」と言って母は蘭を抱きしめた。

 しばらく学校を休んでから、母と引っ越して転校した。

 蘭は小柄だが目がぱっちりしていて可愛いと言われていたが、他人にあまり顔を見られたくないと思い、転校を機に前髪を降ろした。

 周囲とあまり話さない無口なキャラとして中学、高校を過ごした。特に男子とはほとんど話さなかった。


 大学に入って、お金を稼ぐためにダンジョン部に入った。蘭の得たジョブはレアな斥候だったので、いろんなパーティから誘いがあった。

 ダンジョン推薦は人格重視なので、何度も面接を重ねて合格者を決める(蘭は自分が合格したのを不思議に思っていた)。だから人の悪そうな男子はいなかったが、一緒にダンジョンに潜って大丈夫とまで思えない。探索者には女子もかなりいるが、前衛職は男子のほうが多いので、女子だけのパーティは少ない。

 蘭はなかなか入れるパーティを見つけられなかった。

 そんなときに美邦が声をかけてくれた。

 よく知らない相手に自分のことを話すことなど無い蘭だが、テンパっていたのと、一見陽キャに見える美邦もどこか傷を抱えているように思えたせいか、金を稼ぐためにダンジョン推薦を受けたこと、昔怖いことがあって今も男性は怖いことを話した。

 「そうか、じゃあ私と組もう。」と美邦は言ってくれた。

 しばらくして明嗣に会った。育ちの良さそうな青年で、不思議に老成した雰囲気があった。明嗣の穏やかな声を聞くとなぜか安心できた。

 美邦が勧誘してくれて、明嗣は一緒にパーティを組んでくれた。

 信頼できる二人と一緒にダンジョンで戦うのは楽しかった。

 初級ダンジョンでも下の層で活動すると結構稼げたから、そのうち母に仕送りできるようになった。

 母は最初はお金を返そうとしたし、いつも「無理をしないで」と心配するが、学費も寮費も無料だから遠慮するなと蘭は言っている。

 それから次の春が来て、新入生の男子2人を美邦から紹介された。タイプは違う2人だが、不思議なことに怖くなかった。

 蘭のパーティは3人から5人になった。

 なぜか後輩の男子には冗談も言えたりする。

 モノクロだった蘭の世界は少し色付きつつあるのかもしれない。


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