第9話 汐留ダンジョンの最下層へ

 5月も下旬になり、暑さが本格化してきた。

 最高気温は30度を大きく超える日が増えてきた。

 「うぅ、暑い。」

 講義の後に寮に戻ると、宗人はカフェのベンダーからアイスコーヒーを出しながらうめいた。

 「まあ5月も下旬だからな。」

 テーブルの反対側に座っている透士は氷を浮かべたアイスティーを飲んでいる。

 残念ながら、今の日本には爽やかな初夏などというものは存在しない。

 「あはは、昔の5月は爽やかな気候だったらしいけどねえ。」

 近寄って来た杼口先輩はスポーツドリンクを持っていた。ラベルに「ナインラップ」と書いてある。

 「おっ、9ラップですか。最近人気らしいっすね。」

 「うん、スポーツドリンクだから浸透圧が体液に近くてすぐ吸収されるしね。レモンとライムの香りがうまくバランスが取れてるし、微かな甘みもちょうどよくて美味しいんだよ。」

 「へえ、そうなんですか。調べてみようかな」と言いながらタブレットを立ち上げた宗人は、大きな声を出した。

 「うわ!こ、これは!」

 どうしたと覗き込んだ顕続先輩と透士も動画を見て目を丸くした。

 宗人が見た大手動画サイトでは、9ラップのCMが流れている。

 照りつける太陽のもとで美少女がペットボトルの9ラップを飲んでいる。ただそれだけの構図なのに、少女の美貌のせいで目が離せない。

 美少女は額の汗を拭うと、にっこり微笑んだ。

 「今年の暑さはこれで乗り切ろう!9ラップ!」

 ………画面に映っている美少女は鳴多さんだった。

 「いやあ、彼女はどんどん売れっ子になってるみたいだねえ。サインでも貰っておけば良かったかな。」


 次の土曜日、宗人たちは汐留ダンジョンの9層にいた。

 9層は起伏のある草原と雑木林という地形で。

 見通しがよくないことに加えて、ここには攻撃力はそれほど強くないが、特殊攻撃を持つマタンゴが出る。

 マタンゴは攻撃を受けると胞子を放出する。

 「しまった、胞子を吸い込んだ!」

 マタンゴを切りつけた透士は叫ぶと、動きを止めて立ち尽くした。

 マタンゴから霧のように放出される胞子を吸い込むと、体が麻痺する。

 状態異常攻撃は盾で防げないが、

 「キュアパラライズ」

 明嗣先輩が回復魔法を唱える。

 宗人の体を柔らかな緑の光が包み、動けるようになった。

 マタンゴは胞子による麻痺攻撃がある危険な敵だ。汐留ダンジョンで最も多くの低学年パーティを挫折させてきたのはマタンゴだと言われている。

 ただし顕続先輩という優秀な治癒士がいるので、このパーティは麻痺をそこまで警戒する必要もなかった。

 マタンゴを倒した後、蘭先輩が合掌している。

 宗人は不思議に思って聞いた。

 「先輩、どうして合掌してるんですか?」

 「昔、キノコに助けられたことがあるんだ。」

 「えっ、助けられたって、どういうことですか?」

 「う、うん。いや、話すようなことでもないよ。」

 先輩の表情が陰りを帯びたので、宗人はそれ以上聞かないことにした。


 しばらく進むと蘭先輩が立ち止まり、手でみんなに止まるように合図した。

目を瞑って集中すると、やがて先輩は目を開けて告げる。

 「5体のグループが来る。たぶんオークだと思う。」

 5体のオークは汐留ダンジョンでは強敵だ。

 宗人は魔法を準備し、パーティの他のメンバーはそれぞれの武器を構えて、待ち構えた。

 間もなくずんぐりした人型の魔物が現れた。

 顔は豚みたいで牙が生えている、ファンタジー小説や映画でおなじみの魔物オークだ。

 子どもなら泣き出しそうな凶悪な顔をしている。

 「ファイヤーボール!」

 オークが視界に入るとすぐに宗人は火魔法を放った。

 蘭先輩のおかげで火魔法を事前に準備できたので、魔物の不意を突ける。

 「グオオ!」

 先頭の二体のオークが炎に包まれた。

 驚いている後ろのオークに、本田先輩が飛び出していく。

 「ピアース!」

 初級の槍スキルを発動し、一体のオークの喉を貫く。

 急所を突かれたオークは地響きを上げて倒れ、マナストーンを残して消えた。

 透士も駆け出し、シールドバッシュでもう一体を弾き飛ばす。

 「シッ!」

 蘭先輩がナイフを投げ、別のオークの右目に見事命中する。

 火魔法を受けたオークの横をすり抜けて、目にナイフを受けたオークに顕続先輩が切りかかり、首の頸動脈を切り裂いた。

 治癒士なのに戦士顔負けの刀捌きだ。

 「ギュアア!」

 悲鳴を上げてオークは倒れ、消えた。

 必要があれば後衛が前衛として働けるので、多くの敵を相手にできる。

 後ろのオークを倒したところで、ファイヤーボールを受けたオークが立ち上がってきた。

 タフなオークは宗人の魔法だけでは倒せない。

 だが、まだよろよろしている。

 格好の的だとばかり、一体に美邦先輩が槍を突き込み、もう一体は宗人が剣で切り伏せた。

 その間に、透士も盾で転倒させたオークを剣で倒していた。

 「みんな怪我はないかい?」

 顕続先輩が声をかけると、パーティメンバーはみんな大丈夫だと答えた。

 「オーク5体を完封できたか。このパーティは強くなったな。」

 「美邦の言うとおりだね。連携もとれるようになってきた。これならボス戦もいけるかな。」

 「ん。」

 これまでの戦闘で一年生二人もレベル5に到達している。美邦先輩はレベル7、蘭先輩と顕続はレベル6に上がっていた。弱い魔物とはいえ、何体も倒すうちに二年生のレベルも1つずつ上がったようだ。

 汐留ダンジョンは初級ダンジョンだが、そのボスはかなり強い。

 このボスを倒すと中級探索者として認定されて、中級ダンジョンに進む資格が得られる。

 階段の周りは魔物がいないセーフティゾーンなので、飲み物で喉を潤したりして、みんな一息入れた。

 そして、汐留ダンジョンの9層の奥にある階段を下りて、ボスの待つ最下層に向かう。

 いよいよ汐留ダンジョンのボスに挑むときが来た。


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