第2話 初めての探索
オリエンテーションの翌週、帝都大ダンジョン部の新入生たちは先輩に引率されて初めてダンジョンにやって来た。
新入生と先輩はペアで行動する。
宗人に同行してくれたのは、新入生オリの日に最初に会った本田先輩だ。
不思議と宗人は本田先輩に初対面から信頼感を覚えていたので、ありがたかった。
ダンジョンはそれぞれ深さが違うが、今日新入生たちが向かう汐留ダンジョンは浅く、階層は10層しかない。だから初心者ダンジョンに分類されている。
汐留ダンジョンの近辺は、以前は高層ビルが並んでいたが大海嘯で海岸沿いになり、高潮の被害を受けるようになった。
放棄された廃ビルも多く、ちょっと怖い雰囲気になっている。ダンジョンはなぜか大海嘯の被害を受けた地域に多く生まれた。
ダンジョンに入るとき、宗人は不思議な浮遊感を覚えた。どんな仕組みなのか分かっていないが、別の空間に跳んでいると推測されている。
ダンジョンの入り口を抜けると、そこは草原だった。
ビルの地下1階から入ったのに、まったくの別世界だ。話には聞いていたが、本当に不思議だなと宗人は思った。
空は青く、草原を吹き抜ける風は爽やかだ。
気候が激しくなった今では、こんな穏やかな天候になかなか出会えない。
しばらく進むと、草の合間からモンスターが現れた。
ぷにぷにした不定形の魔物、ゲームでおなじみのスライムだ。
スライムはLV1の魔物で初心者でも倒すことができるが、魔物に襲われることでパニックを起こす人もいる。
「どうだ?行けるか?」
「はい、行けます。」
先輩に答えると、宗人はショートソードを振るった。ちなみに武器も防具もダンジョン部の備品を借りている。本格的に探索者になれば自分で買い揃えることになる。
最初の一撃はかすっただけだったが、二撃目で上手く核を捉えた。
スライムは小さな光を残して消えた。あとには小さなマナストーンがドロップされている。
「よくやった。次の魔物が来るぞ。」
宗人は剣を構え直す。
次のスライムは一撃で倒せた。
それからスライムを何体か倒し、途中で休憩を取ると、さらに前に進む。
汐留ダンジョンの一階はスライムしか出現しない。地図は公開されているし、迷うこともない。まさに初心者向けのダンジョンといえる。
やがて二階に降りる階段に着いた。
階段を降りると、一階と同じような草原が広がっていた。
風が吹くと、草原は海のように波立つ。
綺麗な景色だと思いながら歩いていると、魔物が飛び出してきた。
二階に出る魔物はやはりLv1のホーンラビットだ。名前のとおり角のあるウサギみたいな魔物で、弾むだけのスライムとは違い、ジャンプ攻撃をしてくる。
角に当たると痛いが大ケガするほどじゃないし、真っすぐジャンプしてくるので避けることも難しくない。
宗人はホーンラビットのジャンプ攻撃を何度かかわして、タイミングを覚えた。次にとびかかって来たとき、体を横にずらしてかわし、すれ違いざまに剣を振るう。
ホーンラビットの胴体に当たり、うまく倒せた。
「君は筋が良いな。」
先輩が褒めてくれた。
その後に何体かホーンラビットを倒しながら進んでいくと、下に進む階段が見えてきた。
「少し休むかい?まだ大丈夫かな?」
「大丈夫です。行けます。」
うん、順調だ。自分はダンジョン探索に向いているんじゃないかと宗人は思ったが、その考えが甘いことを知ることになる。
階段を下りて三層に出ると、やはり草原が広がっていた。
しばらく草原を進んでいくと魔物が現れる。
「キエー!」
奇声を上げながら突っ込んできたのはゴブリンだ。
身長は150cmくらいと低い。武器はこん棒だし、たいして攻撃力はないLv2の魔物だ。
体を開いてゴブリンをかわし、すれ違いざまに宗人はショートソードを振るった。
ゴブリンの腕に当たり、大きく切り裂いた。
血がぱっと宙に飛び散り、鉄臭い匂いがむわっと広がる。
片腕をだらりと垂らしながらも、ゴブリンは決死の表情で向かってくる。
その姿に宗人は少し怯んでしまった。肌は緑色で醜い顔をしていても、ゴブリンは人に似ている。
そんな宗人の様子を本田先輩は冷静に見ていた。
人型の魔物と戦うことに怯む者は少なくない。ゴブリンと戦えるかどうかはダンジョン探索者になれるかどうかの試金石とも言われている。
もし彼が剣を振るえないようなら、助けに入らないといけない。
だが宗人は、ゴブリンを蹴り飛ばして距離をとると、剣を顔の前に立てて祈るような仕草をした。
それからは見違えるような動きでゴブリンに向かい、一刀で首を切り飛ばした。
ゴブリンはスライムより少し大きなマナストーンを残して消える。
「うん、乗り越えたか。」
本田先輩は満足そうに頷いた。
そして、彼は前衛のジョブを得るのかなと考えた。ある程度ダンジョンで戦うとジョブを獲得できる。
次に遭遇したゴブリンは二体で現れた。
一体なら剣で倒せるが、今の宗人では二体同時に相手にするのは厳しい。一体を引き受けようと、本田先輩は槍を握る手に力を入れた。
そのとき、宗人の体は無意識に動いた。
片方のゴブリンに向かって右手を上げると、体の中からエネルギーが溢れてきて、手の平に集まる。
宗人の頭の中に自然と一つの言葉が浮かんだ。
「ファイアボール!」
右の手の平から炎の球が生まれ、ゴブリンに向かって飛んでいく。
『彼は魔法職にも適性があるのか!』本田先輩は心の中で叫び、大きく目を見開いた。
もしかすると、レアジョブを獲得するかもしれない。『これは掘り出し物かもしれないな』
宗人は魔法を受けていないゴブリンと何度か打ち合うと心臓を突いて倒し、魔法を受けて倒れていたゴブリンに止めを刺した。
その後も宗人は順調にゴブリンを倒していった。
だが、何体目かのゴブリンを切り倒したとき、飛び散った血のしずくが宗人の顔にかかった。
「うっ。」
宗人は胃から込み上げてくるものを止められなかった。
たまらずしゃがみ込んで吐く。
人に似た魔物の肉を剣で切るときの感触や、生臭い血の匂いへの気持ち悪さはずっと感じていた。それがついに限界を超えた感じだった。
そこに別のゴブリンが近づいてくる。
顔を上げるともう目の前まで来ていた。
宗人は生まれて初めて死の恐怖を感じた。これまでのことが脳裏に浮かぶ。
『これが走馬灯ってやつか。俺はここで終わるのか?』
そう思ったとき、先輩が視界に飛び込んできた。
槍を一閃するとゴブリンは倒れた。
穂先についた血を布で拭うと、先輩は振り向いた。
「大丈夫かい?」
「す、すみません。」
吐いて動けなくなったことが恥ずかしく、情けなかった。
「謝らないでいい。君はよくやったよ。ゴブリンを倒して気持ち悪くなるのは人として当然のことだ。誰もが通る道なんだよ。」
本田先輩は、宗人の背中をさすってくれた。
「ほら、そこでも他の新入生が吐いている。」
先輩の指さす方をみると、宗人と同じようにうずくまって吐いている者がいた。
しばらくして宗人の吐き気はおさまってきた。
「もう大丈夫だと思います。」
「そうか。ステータスウインドウを開けるかい?きっとジョブを獲得できているはずだ。」
宗人がステータスウインドウを開くと、「Lv1 ジョブ:魔法戦士」と表示されていた。
「俺のジョブは魔法戦士です。」
「おお魔法戦士か、それは凄いな。ゴブリンに向かっていく勇敢さがあって魔法も使えるから、もしかしたらとは思ったけど。」」
先輩は宗人の肩をぽんぽんと叩いた。
「近接戦闘も魔法もこなせる者は珍しい。きっと君は優秀な探索者になるよ。」
探索者が最初に得るジョブはたいてい戦士、魔法使い、弓使い、治癒士か盗賊のどれかだ。魔法戦士はレアジョブだ。
「さて、ジョブも獲得できたことだし、今日やるべきことは終わったよ。大学に帰ろうか。」
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