第1話 ダンジョン部へようこそ

 大学の門をくぐる新入生の肩に、桜の花びらが舞い散る。

 今日は帝都大の新入生オリエンテーションの日だ。

 座席が階段状になっている大教室は新入生で一杯だった。新入生オリでは授業の登録の仕方など大学で過ごすために必要な知識をひととおり教わる。

 説明が終わると大教室から吐き出された新入生たちは、キャンパスのメインストリートに露店みたいな説明ブースを出している運動部や文化部、サークルの説明を聞きに行く。

 新入生オリはサークル勧誘のイベントでもある。

 まるで客引きのように声をかけてくる上級生たちで、普段は静かなキャンパスは賑わっている。

 宗人も他の新入生に交じって歩いていくが、ときどきあくびをかみ殺している。

 昨晩、寮の自分の部屋に初めて泊まったが、よく眠れなかったのだ。

 まだ届いていない荷物も多くて、部屋の中はガランとしていた。

 福岡の母親に無事に入寮したと伝えてからベッドに転がったが、これまでのことやこれからのことをいろいろ考えてしまって、寝付けたのは深夜になった。

 朝起きて時計を見て焦った宗人は、慌てて着替えて部屋を飛び出してきた。


 キャンパスでは、いろいろな種目の運動部やサークルが競い合うように一年生に声をかけている。

 防具を付けたユニフォーム姿のアメフト部は目立つし、テニスサークルは女子大と合同なのか、女の子が多くて華やかだ。T大らしく勉強会のサークルもある。

 大海嘯があっても学生の活動には変わらない部分も多い。

 宗人は人数が多くて知り合いの増やせそうなESSなどのサークルにも興味はあったが、行き先は決まっていた。

 人気のある運動部やサークルが賑やかに勧誘している広い通りから一本外れた細い道に入ると、だんだん人が少なくなっていく。

 しばらく進むと、やがて「来たれ!ダンジョン部」と下手な字で書かれている看板が見えてきた。

 宗人が目指していたのはここだ。

 ダンジョンには魔物が出て、人間をみると襲い掛かってくる。最近は魔法による回復の体制が整って死者は滅多に出なくなったが、危険なことに変わりはない。

 それではなぜダンジョンに入るかといえば、マナストーンを得るためだ。

 ダンジョンの魔物は倒れるとマナストーンを落とす。

 このマナストーンを利用すると常温核融合発電が実現できることが分かった。太陽と同じように水素からヘリウムに変わる核融合現象を利用した発電は、従来から行われていた核分裂による原子力発電と違って放射性廃棄物の出ないクリーンな発電方法だ。

 石油や石炭などの化石燃料を燃やすことで二酸化炭素が発生することで地球温暖化は進んだ。

 その結果として大海嘯が起きたことから、これ以上の被害を防ぐために人類は化石燃料に代わる新しいエネルギー源を必要としていた。

 マナストーンは危機に瀕した世界にもたらされた福音とも言われるようになった。

 世界各国は常温核融合炉を建設し、争ってマナストーンを求めた。そして軍隊をダンジョンに派遣してマナストーンを得ようとしたが、なぜか軍人や政府の人間はダンジョンに入れなかった。

 試行錯誤の結果、18歳から25歳までの若者が自分の意志でダンジョンに入ることは可能だと分かった。このために大学のダンジョン部は今では社会的に重要な役割を果たしている。

 福岡にもダンジョンはあるが、東京のダンジョンに行かなきゃいけない、何かに呼ばれているような感じが宗人はしていた。

 そんなことを言うと気は確かかと心配されそうだったので胸の内に秘め、両親には東京に出て多くの人に会ってみたいと説明した。最初は危ないからと止められたが、最後には宗人の意志を尊重してくれた。


 ダンジョン部の説明ブースで退屈そうにしていた女子学生が宗人を見つけ、眠そうな目を開いた。

 「おっ、君はダンジョン部に興味があるのかい。」

 「はい、俺はダンジョン推薦で入学していますが、放課後もダンジョンで探索したいと思っています。」

 「そうなんだ。ダンジョン推薦の学生でも最低限しかダンジョンに入りたくない人もいるのに、君は熱心だね。」

 ダンジョン推薦は、大海嘯の後にできたダンジョン探索をすることを条件にした推薦入試だ。入学した学生はカリキュラムの中にダンジョン探索が組み込まれる。

 ただダンジョン部は課外活動なので、ダンジョン推薦で入ったからといって入部する必要はない。

 「もしかして、家に仕送りをするために稼ぐ必要があるのかい。」

 ダンジョン探索のもう一つの魅力は金だ。マナストーンは高く売れる。

 「いえ、うちは金持ちじゃないですけど、俺が稼ぐ必要はありません。俺はただダンジョンの深くまで行ってみたいんです。ダンジョンは謎だらけですが、誰も潜ったことのない所まで行けば、何かが見つかるような気がするんです。」

 「そうか、勝手な詮索をして済まなかった。君は野心的だね。いいね、そういうのは嫌いじゃないよ。」

 先輩が笑顔を浮かべて立ち上がると、長い黒髪がふわっと広がる。本田先輩は長身で格好良い感じの人だった。

 「ダンジョン部へようこそ。歓迎するよ。」


………

 この日のことを宗人はずっと覚えている。

 一人で上京し、ダンジョン部に入ったこの日がすべての始まりだった。

やがて仲間ができて一緒に探索するようになり、魔物との戦いは苦戦することもあったが、やがて周囲からも期待されるようになる。

未知の強大な魔物に遭遇する一方で、不思議な存在から戦う力を得る。

ダンジョンの深い階層にまで潜り、世界の隠された真実に触れる。

やがて敵は魔物だけではないと知る。

 嵐のような日々はここから始まった。



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