俺はパンツになりたい。

シノミヤ🩲マナ

パンツは白こそが至高

 俺はパンツである。

 名前は前世に置いてきた。


 パンツと言っても、もちろん女性の下着のほうだ。ズボンでも男物のトランクスやブリーフのことでもない。

 

 いわゆるパンティーというやつだ。


 パンツな俺は現在、木の枝にぶら下がって、風にぷらんぷらんと揺れている。


 周辺にあるのは草原と、ぽつんぽつんと木が生えているだけ。

 草原を両断して走る、草が生えていないだけで土が露出したながーい道には、さっきから誰も通りゃしない。


 え?

 パンツなのに、どうして周囲の景色がわかるかって?


 そんな疑問を持つとは、君はパンツを何もわかっていないな。

 

 パンツは、何で出来ている?


 そうだ。

 愛と可能性で構成されている。

 この世の大抵のことは愛と可能性で説明できるのだよ。


 それにしても本当に誰も来ないな。

 さすがに愛と可能性の塊でも自力では動けないよ。

 なんたってパンツだからな!


 仕方ない。

 やることもないし、もう少し自分語りを続けるか。


 といっても誰にも聞こえないけどね。だってパンツだからな!


 では、話そう。

 どうして俺がパンツになったのかを。

 あれは俺が大学に向かっている途中だった――。 



◯●◯●◯●



 春を迎えたばかりの、あの日。

 日本の、さほど大きくない街に住んでいた俺は大学へ向かうべく、歩き慣れた道を朝日のなか進んでいた。


「うー、さむっ」


 風が強い。

 春になったが、こうも風が強いと体感では冬と大差なく感じる。


 ふと、目線を上げた俺は、


「なんだ、あれ」


 眉を寄せた。


 青空を何か白色の物体が、ひらひらと泳いでいる。


 鳥か?

 飛行機か?

 いや、パンツだ! パンティーだ!!


 誰のパンツか?

 どうしてパンツが飛ばされているのか?

 そんな疑問は些末な問題だ。


 パンツがそこにある。

 俺が走り出すには、それだけの理由で十分だった。


 俺は走った。

 追い風も味方して、パンツとの距離が縮まっていく。


 きっとパンツも俺に会いたかったのだろう。

 高度が徐々に、しかし確実に下がってきていた。


 あと少し……!

 俺は手を伸ばし、とうとうパンツを……!



●◯●◯●◯●



「ーーーーよ」


 名前を呼ばれ、俺は目を開けた。

 そこは何もない、白色だけの空間。


 目の前には見知らぬジジイがいた。


「十九歳、男、大学生で間違いはないか?」


 白いヒゲを揺らしながらジジイが確認してくる。


「あ? ああ」


 よくわからないが頷いておく。とりあえず言われたことに間違いはなかった。

 

 はあああ、とジジイがため息をつく。


「それにしてもお主は……なんというか、あれだな」


「あれ?」


「阿呆だな」


「いきなり失礼なジジイだな。俺の何がアホだって言うんだ」


「パンツを追いかけてトラックに轢かれた末に死んだ者を阿呆と言わずにいられるか」


「俺が死んだ?」


「そうだ」


「パンツを追いかけて?」


「そうだ。まあ、信じられないのも無理はないだろう。しかし、これで少しは信じられるか?」


 ジジイがパチンと指を鳴らす。

 床がスクリーンのように映像を映した。


「これは、まさか……」


「お主が死んだ直後の映像だ」


 地面に横たわる男。

 その手には、しっかりと白い何かが握られていた。


「そうか、俺は死んだのか」


「どうだ? お主が阿呆であることが理解できたか?」


 ジジイが再び指を鳴らす。

 スクリーンが元の床に戻った。


「アホ? 何を言ってるんだ? 俺はパンツのせいで死んだんだろ? なら本望じゃないか」


「なるほど。お主は本物だな。これ以上、何を言っても無駄のようだ」


「何を諦めた感じで言ってるか知らんが、ここはどこだ? お前は何だ?」


「ここは……まあ、あの世と言っても差し障りないだろう。私はお主らが神と呼ぶ存在だ」


「ふーん。神様ってのは、やっぱジジイの姿だったんだな」


「これは実際の私の姿ではない。異なる次元に存在する私をお主は認識できないからな。今はお主のイメージを借りているにすぎない」


「つまり、俺のイメージ次第であんたの姿を変化させられるのか?」


「そうだ」


「なら……」


 俺は念じた。

 それに反応して、目の前の物体が姿を変える。


「これは……!」


 驚く声に、俺は大きく頷いた。


「パンツだ」


 俺の前にある物。

 それは純白のパンツだった。


「ふむ。ずいぶんと子供趣味だな」


「今のは本当にイメージが反映されるか実験しただけだ。俺の本気はこんなもんじゃない」

 俺はこれまでの人生で最大の集中力を発揮した。

「燃えろ、俺のパンツ愛! 轟け、俺のパンツ魂! うおおおおーっ!」


 そうして現れたのは、やはり白色が眩しいパンツだった。

 しかし、先程の物とはまるで違う。

 ふちにあしらわれたレースは緩やかに波打つ職人技で、生地を彩る刺繍は芸術以外の何物でもない。


 俺は渾身の出来栄えに叫んだ。


「どうだ!」


 だが返ってきたのは、どこまでも冷ややかな声だった。


「どうだ、と言われてもな。もう良い。さっさと本題に入ろう」


「本題? パンツについて熱く語らうのか?」


「そんなわけがあるか。お主の転生についてだ」


「転生? あー、生まれ変わりってやつか」


「そうだ。お主は違う世界で新たな命を授かる。そこで、だ。転生にあたり、好きな特典を与えよう。才能、容姿……希望があれば言ってみよ」


「なら、パンツにしてくれ」


「言っている意味がわからんな」


「あー、パンツって言っても男のトランクとかじゃないからな! 女物! パンティーにしてくれ!」


「いや、そこを誤解していたわけではないんだが」


「そうだよな。容姿って言ってたもんな。素材はシルク。色は白! んー、レースも捨てがたいが、あんまり細かいと上手く伝えらないからな。赤い小さめのリボンを付けてくれるだけで良いぞ」


「わかった。お主との対話を諦めよう。スキルなどは、こちらで勝手に付けておくから、さっさとパンツでも何でもなるが良い」


「そんな投げやりでは困るな。どんなパンツになれるかはとても重要だ。むしろ、これ以上に重要なことなんて、どこの世界にもないぞ」


「うるさい! さっさと行け!」


 その声で、俺という存在がどこかへと飛ばされる。

 俺は最後の力を振り絞って叫んだ。


「色は白! それ以外は認めないからなー!」



●◯●◯●



 というわけで、俺はパンツになった。

 しかし、まさか木に引っかかった状態でのスタートになるとは予想していなかった。


 さて、どうしたものか。

 自分語りをして暇を潰しても誰かがやって来る気配もない。


 まいったなー。


 誰かー!

 来てー!

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