第6話 ぬいぐるみの鬼 六

 三人は昨日と同じねぐらで休み、次の日南にある木造の服屋を訪れた。民家のような店で二階が居住空間のようだ。

「カイル、お前服屋で働いてたのか?」

「いや、違うよ」

 カイルは店長に声をかけた。

「こんにちは店長」

「やあカイル、奥に用事かい?」

「うん。この二人も通してくれ」

「あいよ。初めて見る顔だな」

「ボスに紹介しようと思って」

 店長は他に客がいないのを確認してからカウンター横の板を上げて三人を奥に通してくれた。奥には廊下が続いて二階への階段、そして廊下には扉が二つ並んでいる。カイルは奥の扉をノックした。

「カイルです」

「どうぞ」

 三人が部屋に入ると、十帖程の広さに来客用の椅子とテーブル、壁には紙が積まれた棚、そしてこの部屋の主が使う机のみというシンプルな作りだった。奥に五十代くらいの黒髪のオールバックの男が座っていて書類を読んでいた。男が顔を上げると二人を見て微笑んだ。細い目は開けていても閉じたように見える。東洋人だ。

「こんにちはカイル、後ろの二人は初めて見る顔だな?」

「最近この街に来たロキとラナです。昨日猫探しを手伝ってもらいました。この二人を仲間に入れてもらえないかと思いまして」

「なるほど」

 男は立ち上がると近付いて来て二人に握手を求めた。

「ようこそ。私は皆からサソリと呼ばれています」

 ロキとラナは順番に握手した。

「カイルが私に紹介した理由が分かりますか?」

 男は二人を試すように微笑んでいる。カイルも笑って親指を立ててサソリに向けて振った。

「言ってやれよ。誰が嫌いかさ」

 二人は答えた。

「将軍が嫌いだからです」

 男は微笑みながら二人をしばらく見ていた。細い瞼から小さな目の光がギラギラしていて、サソリというより蛇のようだ。

「ククッ、いい目だ」

 サソリは二人の頭をくしゃくしゃと撫でると自分の椅子に戻った。

「いいでしょう。あなた達も今から私達の仲間です。私はこの街で何でも屋をやっています。酒場なんかに貼り紙で依頼をしてもらって、それを仲間がこなして報酬を頂いています。表向きはね」

「表向き?」

「目的は情報を集める事。将軍に近い者達に接近し、情報を集め、暗殺の機会を狙う。それがこの組織の存在理由です」

「暗殺……」

「最近将軍の動きが特に活発になった。街の外の者達を手当り次第に襲撃している。将軍の身に何があったのかは分かりませんが、このままではこの街は孤立してしまう。早急に手を打たねばなりません」

 サソリは書類を二人に渡した。

「うちにはいろんな年代の仲間が百人程います。あなた達はこのままカイルと行動してください」

「分かりました」

 ラナは当然思い浮かぶ疑問を口にした。

「あの、こんなに簡単にそんな組織に入れちゃっていいんですか? チェックが甘いっていうか……周りにバラしちゃうかもしれないじゃないですか」

 男は報告が書かれた一枚の紙を持ち上げて微笑んだ。

「大丈夫ですよ。あなた達はわざわざ他所に喋ったりしないでしょう? 西のキャンプの生き残りなんですから。一族の仇を一緒に討ちましょう」

 ロキが驚いてカイルを見た。

「喋ったのか?」

 カイルは肩をすくめた。

「配給のおじさんに喋ったのはロキじゃないか」


 それからしばらく三人は同じようにペット捜しやペットの世話、物の配達などをこなしながら将軍への取っ掛かりを探す日々となった。サソリから給金を貰い、炊き出しで食事をもらい、ねぐらを巡る。そんな生活に慣れてきた頃、その日もペットの世話をこなし、日が暮れて来た。三人が東区域の最初に泊まったねぐらへ帰ろうとした時、一人の青年が立ち塞がった。

「カイルと……ロキ、ラナだったか?」

「あなたは?」

「組織の者だ。あそこを使うのは無理だ。南へ行け」

「え?」

 月明かりに出ると、青年は腕を怪我していた。

「白狼会の連中に襲われた。始末したが仲間が二人殺られちまった」

「襲われた?」

「途中から尾けられてたらしい。探ろうとして踏み込みすぎた。後始末してる所だ。早く行け」

「分かりました」

 三人は南のねぐらに向かって街道を歩き出した。

「白狼会っていうのは?」

「最近街をうろつき出した奴等だ。将軍が治安維持の為に結成したって話だけど。地上げとか恐喝とかして反抗的な連中を潰し始めた。危険な連中だよ」

「将軍に反抗する人達を脅そうって事?」

「だな。俺達も見つかるとやばい。早く南のねぐらに行こう」

 とはいえ南の区域は夜の店が多く、目付きの悪い男達がウロウロしている。子供三人がこの時間に歩くとかなり目立っているようだ。ジロジロと見てくる大人の視線がラナを不安にさせた。自然と三人は小走りになった。そのまま酒場の横に入り、月明かりも届かないような暗い道を通り掛かった時だった。

「あ、おい兄ちゃん達」

「え?」

 三人が振り返ると酒瓶を持った中年の男が道に座っている。

「ちょっと手を貸してくれよ。酔っ払っちまって一人じゃ立てないんだ」

 ロキとカイルが目を合わせてからロキが頷き、肩を貸そうとした。

「悪いね」

 男はロキの腕をぐっと引っ張り足をかけて転ばせた。

「うわ! ちょっと何……ぐっ!」

 男は素早く動きロキの背中に膝を乗せて動きを封じた。カイルとラナが驚いた所に後ろから二人の男がナイフを突き付けながら現れ、カイルは強引に姿勢を崩され地面に膝を突く形になった。更にニ人の男がラナを後ろから羽交い締めにした。

「きゃ……!」

「声を出すな」

 ラナの喉元にナイフが突き付けられた。道の暗がりから鼻にピアスをしたずんぐりした体格の男が現れ、カイルの目の前に立った。入れ墨が左腕にびっしり入っている。

「お前等最近ずいぶん忙しそうじゃねえか。何かやってんだろ」

 男達の酒の匂いが鼻につく。ピアスの男以外は職も無く、夜の街で恐喝紛いの騒ぎをいつも起こしている連中だった。カイルが相手に説得を試みた。

「勘弁して下さい。小銭稼ぎに猫の世話とかしてるだけです。俺達ガキだから仕事とか無いし」

 鼻にピアスをしたガラの悪い男はカイルを見て鼻を鳴らした。

「ふうん。おい、探ってみろ」

 それぞれ男達が三人の懐を探って金の入った袋を奪った。袋をポンポンと跳ねさせて男達はヘラヘラ笑った。

「ずいぶん持ってんじゃねえか。ババアのペットはそんなに儲かるのかよ」

 ピアスの男はカイルに顔を近付けた。

「お前等白狼会のこの俺に何の挨拶も無しか? これは餞別に貰ってくぜ」

 カイルはごくりと唾を飲んだ。

「は、白狼会……!」

 ピアスの男はラナのアゴを手で持ち上げた。

「よく見るとかわいい顔してるなお前。ちょっと遊んでけよ」

 そう言うとラナは二人に引っ張られて行き、道の横にある草が生えた地面に押し倒された。

「い、いや! やめて……!」

「おい口塞げ」

 ラナは口に布を噛まされた。

「ンー! ンー!!」

 ロキが男を睨んで叫んだ。

「てめえ! ふざけんなやめろ!!」

「おいうるせえぞ」

 ロキは頭を殴られた。ロキが抵抗してもしっかり押さえられて動けない。ピアスの男がラナの足の間に座ってラナの上半身を優しくさすった。

「しっかり押さえとけよ。すぐに替わってやるからよ」

「ンー!!」

 ラナが泣きながらロキを見た。その瞬間にロキの中でキャンプを離れたあの日から今までこらえていた何かがプツンと切れた。

 ロキを押さえていた男が突然ぬいぐるみに変わった。ぬいぐるみに変わった中年の男は世界が急に広く感じて驚いた。

「あれ?」

 ぬいぐるみはポトリとロキの背中から落ちて横に転んだ。

「え? 何だこれ? 俺どうなってる?」

 カイルとカイルを押さえていた二人はポカンとしている。ロキが素早く動き男達に間合いを詰めた。

「て、てめえ動くんじゃ……!」

 男達のナイフを素早く屈んで避けながら足にパッパッと触ると男達もぬいぐるみに変わって地面にポトリと落ちた。カイルは後ろに転がるぬいぐるみを左右に首を動かして不思議そうに見ている。ラナもその光景を見て目の前の男に抵抗するのを忘れていた。ピアスの男はラナが見ている方向が気になって顔を向けた。

「あん? 何だ……!?」

 目の前にロキが立っている。

「てめ……!」

 ロキが動いて次々とラナの周りの三人を触って行き、男達はぬいぐるみに変わって地面に横になった。

「え? え?」

「大丈夫かラナ?」

 ラナは泣きながらロキに抱き付いた。ロキがラナの頭を撫でた。自由になったカイルが慌てて近付いて来る。

「これ……ロキ……え? 何これ? どういう事?」

 ロキはラナが落ち着いて離れるのを待つと、ぬいぐるみになった六人を集めて来た。ロキはぬいぐるみを綺麗に横に並べると座っておままごとのように話し掛け始めた。

「お前等のおかげでようやく分かったよ。弱い奴は食い物にされちまう。逆に言えば俺がお前等より強けりゃ何もビビる必要なんか無いって事だ。そうだろ? 簡単な話だ」

 ラナは地面に落ちていたナイフを拾うとロキの隣に座って怒りに任せてぬいぐるみ達の胴体を引き裂いた。痛みは感じないが自分が何物かに変化させられた事をようやく理解した六人は恐怖に震え上がった。ぬいぐるみ状態に慣れていなくてちぎれた体がうまく動かせずに震えている。

「悪かったよ。俺もお前等にちゃんと挨拶をするのを忘れていたんだ」

 ロキは立ち上がると押さえていた男が持っていた酒瓶を持ってきてぬいぐるみ達にドボドボとかけ始めた。

「や、やめろ……何やってんだお前……!」

「ラナがやめろって言ったのにお前等はやめたのか?」

 ロキは笑いながらマッチの箱を取り出した。

「何が白狼会だ。将軍の犬共が。俺が全部ぶっ潰してやる」

 ロキはマッチを擦るとぬいぐるみに向かって放り投げた。

「う、うわああああ!!」

 酒がかかったぬいぐるみ達は道の真ん中で綺麗に燃え上がった。

「行こうぜカイル。明日サソリの所に行って白狼会の奴等の住処を聞かないとな。猫の次は犬探しだ。将軍に辿り着くまで片っ端から殺ってやる」

「え、あ……」

 ロキとラナはさっさと歩き出した。カイルも慌てて付いて来る。三人が去った後に消火にあたった者達からやがて悲鳴が上がった。

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