第5話 ぬいぐるみの鬼 五

 中心街の大きな屋敷の前に来てロキとラナはぽかんと見上げた。

「おっきぃねえ」

「あ、ああ」

 カイルは黒い鉄でできた立派な門の扉を開き、玄関のドアに付けられた金具をコンコンと鳴らした。扉が開き、エプロンをかけた太った家政婦が出て来た。

「こんにちは。派遣されて来たカイルです。こっちはロキとラナ」

「あら、ずいぶん若いのね! 猫の件でしょ?」

「はい」

「じゃこちらへどうぞ」

 三人が屋敷に入ると、吹き抜けの大広間が三人を出迎えた。正面の階段の踊り場には大きな絵が飾られている。家族の絵だろうか。男女と手を繋いだ小さな女の子が描かれている。

「素敵なお家ね」

 ラナが思わず感想を漏らすと家政婦は嬉しそうだ。

「奥様は二階にいらっしゃるわ」

 三人が二階の客間に通された。革張りのソファとガラスでできたテーブルが置いてある。客間でも豪勢な調度品が置かれていた。

「こちらでおかけになってお待ちになって。すぐ奥様を呼んでくるから」

「分かりました」

 家政婦は夫人を呼びに出て行った。

「座るなよ。汚しちゃまずいからな」

「ああ」

 ラナは窓際に立ち、外を眺めた。美しい庭、豪華な屋敷。大きな街の中心街に今自分が立っていると思うとなんだか不思議な感じがした。いつもキャンプにいたラナとロキにはこの屋敷はおとぎ話の中に迷い込んだかのようだった。カイルは棚の上などを見ている。ロキはカイルの視線が気になった。

「あら、今日は大勢いるのね」

 夫人が家政婦を連れて入って来た。髪はパーマが当てられ美しい金髪にドレスの夫人はかなりの地位にあると思われた。

「カイル元気? あなたが引き受けてくれるのね?」

 カイルはニッコリと笑った。カイルはどうやら人の警戒心を解くのが得意らしい。本来なら屋敷にすら入れてくれなさそうな身分でも夫人はカイルには心を開いているようだった。

「はい奥様。猫をお捜しと聞きました」

「そうなの。うちで飼ってる猫がいなくなってしまって。遠くに行ったら捜すのは大変でしょう? あなた達の力を借りるのが一番だと思って。後ろの二人はお仲間?」

 ロキとラナはお辞儀した。

「今の所は見習いです。友人のロキとラナです」

「あ、こっこんにちは。ごごごご機嫌麗しゅう」

 ラナは緊張してしどろもどろだ。

「フフ。かわいい娘ね。カイルの彼女?」

「僕にはまだ色恋沙汰は早いですよ」

「どうかしら。あなたは苦労しそうね」

 夫人はからかうようにロキを見た。

「じゃ、あなたの彼女かしらね?」

「ラナとは幼なじみです。二人でつい最近この街に来ました」

 夫人は目を見開いた。

「あら! なあに駆け落ち!?」

 夫人は育ちが良く、カイルの愛想の良さも相まって、目の前の子供達がまさか住む家も無いなんていう想像はとてもできないようだ。ロキとラナについても小説で得たようなロマンチックな展開だと思っている。

「今度ゆっくり聞かせてもらうわ。今日は私の猫の話をしないと」

 そう言うと夫人はカイルに一枚の絵を渡した。

「娘のシャロンが猫の絵を描いてくれたの。猫の名前はシヴァよ。かわいいでしょう?」

 三人は絵を見るなり絶句した。子供特有の思い切った描き殴り具合で、ヒゲが体の三倍くらいの長さの猫は、目も左右の奇妙なバランスを保ちながら顔から思いきりはみ出ている。ロキは動揺を悟られないうちに質問した。

「奥様、確認の意味でいくつか質問する事をお許しください。体は灰色ですね?」

「そうね」

「目は茶色で、少し細めな体ですか?」

「うんそう。シヴァの健康には気を遣ってるから」

「最後に見たのはいつでしょう?」

「庭で鳥を見ていた時かしらねぇ」

「なるほど。お上手ですね、とても参考になりました。この絵、お借りしてもいいですか?」

「ええいいわ。お願いね」

 カイルが話を切り上げた。

「それでは行って参ります。あっそうだ。一応一階にある他の客間だけでも確認して行っていいですか?」

「どうぞ」

「ありがとうございます。行くよロキ、ラナ」

 三人はお辞儀して部屋を出た。カイルは周りを見回してから階段を降りた。ラナがそれを見てクスッと笑った。

「さすがに屋敷の中にはいないわよ」

「うんそうだね」

 言いながらカイルは三室ある客間を全て覗いて壁際の物が密集している部分やソファの下などを素早くチェックした。二人が付いて行って一緒に覗くと二つ目の部屋にはぬいぐるみが棚の上に何個も置いてあった。シャロンに買い与えたものだろう。二軍のぬいぐるみが客間に移動されたのだろうか。猫が潜り込んだ形跡は無い。さらに三人は屋敷を出るとカイルが庭をぐるりと一回りして、庭にある白い椅子やテーブルを確認してから敷地を出た。

「何を見てたんだ?」

 カイルが少し離れてから答えた。

「少し前に客が来てたか見てきたんだ。一応ね」

「客?」

「ああ、あの家政婦は掃除が雑だ。棚のホコリとかけっこう残ってたろ? 客の形跡があれば分かるかもしれないと思ってね」

「どうだった?」

「二つ目の客間のソファが少し後ろに滑った跡が残ってた。紅茶がテーブルに跳ねた跡もね。ぬいぐるみがあった部屋だよ。あのソファにふんぞり返って座った奴がいたかもしれないな。きっと行儀が悪い奴だろう」

「あの屋敷にそんな奴が来るのか?」

 カイルは肩をすくめた。

「どうかなあ? でもあそこの旦那は将軍と仲が良いって情報があるんだ。将軍があそこでふんぞり返ってもおかしくは無いね」

 ロキはカイルの話に頷いてからふと気になった事があった。ラナが代弁するように口を開いた。

「キャンプを襲った奴らはさ、軍て感じじゃなかったんだ。騎士はあいつ一人だけだった。あいつが将軍なの?」

「将軍は額に傷があるんだよ」

 間違い無い。あの時の騎士が将軍だろう。

「それに大きな屋敷とかに住んでいる訳じゃない。将軍はどこに住んでいるか公表してないんだ。ちょいちょい移動する。将軍が移動する時は一帯が封鎖される。将軍の隠れ家を周りの連中から探らなきゃいけないんだ」

「それでさっき将軍が出入りしているか確認したんだな?」

「そういう事。大人が探りに来ると目立つからな。将軍に仲間とかいればいいんだけど」

 ラナは一緒にいた連中を思い出した。

「他の奴等は革の鎧に白いボロボロのマント……山賊みたいな格好をしてた。雇った奴等にゴロツキがって文句を言ってた」

「なるほど。じゃあそいつが来てた可能性もあるな。少し探ってみるのもいいかもしれない」

「うん」

 ラナはロキを見て頷いた。

「カイル、もし探る時は言って。きっとロキが上手くやってくれるから」

 カイルは不思議そうな顔をした。

「ん? ああ」

「忍び込んだり隠れたりするの得意だから。ね、ロキ」

「ああ」

 カイルは感心した。

「へえそうなんだ。なに? 狩りで身に付けた気配の消し方とかがあるわけ?」

「まあそんな所だ」

 カイルは歩き出した。

「さて、猫探しだ。まずは食べ物がある店をチェックしよう」

「ここからだと昨日通った酒場が近いな。行こう」

 三人が大きな通りに向かって歩き出した。しばらくすると屋敷の反対側にある建物の陰から、三人を見ていた身なりの良い男が二人出て来て屋敷に入って行った。


 三人が酒場に着くとロキは派手な化粧をした女性店員を呼び止めた。昼を前にして入口近くのテーブルでバタバタしている。

「すみません」

「あ。いらっしゃい! まだ準備中で……てあれ? うちは子供はお断りなんだけど」

「あ、いえ聞きたい事があって。こちらに灰色の猫が来ませんでした? 向こうの奥様の猫なんです」

「あっ、いたわよ! ゴミ箱漁ってたの、追っ払ったら向こうの方に逃げてったわ」

「ありがとうお姉さん」

 店員は礼を述べたロキを見た。

「あら? よく見たらあなたなかなかいい顔してるじゃない。どこの子? 名前は?」

 ロキは店員に詰め寄られ赤くなりながらそそくさと立ち去った。

「ロキって結構モテるよね。街でもそうなのかな」

 ラナは目を合わせずに言った。ロキは頭を掻いた。こういう時は何も言わない方がいいとロキは思っている。カイルが前を指差した。

「次はあそこの魚屋だな」

「うーん、お目が高い猫だ」


 しかし魚屋でも同じようなやり取りだった。ゴミを漁っていた猫を見つけ、追い払った猫は向こうに逃げて行ってしまったという。その先の定食屋でも、その先の喫茶店でも逃げて行き、三人は十箇所ほど周ってぐるりと街を一周し元の酒場に戻って来た。すっかり夕方になっていた。

「嘘だろ……」

「あ、お帰りなさい」

 先程の店員が椅子に座っている。足元で灰色の猫がゴロゴロしていた。

「この子でしょ? 探してた猫って」

「そうだと思います」

「餌あげといたから。奥様によろしく」

「ありがとうございます」

 三人はぐったりしていたがラナが猫を抱き上げた。

「依頼達成だな」

 屋敷に戻り、再び家政婦が現れた。

「あ! 凄いじゃない! もう見つけたの!? 今奥様を呼んで来るから客間にいらっしゃい!」

「あっでもここで結構です」

「いえ、そういう訳にはいきません。奥様に報告しないと」

半ば強引に再び客間に通された。

「疲れたでしょう。今お茶を持ってくるからゆっくりしててちょうだい! 奥様! シヴァがお戻りになりましたよ!」

 家政婦がバタバタと出て行った。

「いい人だな」

「ほんと。ロキのお母さんに似てる」

 ラナは言ってからハッとなってロキに謝った。

「ごめんなさい」

 ロキは首を振った。

「いいんだ」

 カイルはそんな二人を黙って見ていた。猫は何も知らずにソファで呑気に欠伸をした。夕陽のオレンジ色の陽が窓から差し込んで、外を眺めるロキの顔を染めていた。

(あの時は何も考えずに夕陽を見てたけどな)

 やがて夫人がケーキを載せたトレイを持った家政婦と共に戻って来た。

「カイル! もう見つけてくれたのね!」

「はい奥様。と言ってもほとんど自分で戻って来たような物でして」

「三人共かけてかけて。ケーキを召し上がって行って」

「しかし椅子が汚れてしまいます」

「子供はそんな事気にしなくていいのよ」

「へ〜これがケーキって言うんだ」

 ラナが綺麗にクリームが盛られたケーキを見て思わず呟いた。夫人はラナに優しく微笑んだ。

「甘くて美味しいわよ」


 猫を追い掛け街を一周した話を聞きながら夫人と三人はケーキを楽しんだ。

「御馳走様でした」

「気を付けて帰ってね」

「はい」

 三人は階段を降りようとした。その時思い出したかのように夫人は突然三人を呼び止めた。

「あっそうそう!」

「どうしました?」

「さっきあなた達の後に捜査局の人が来たのよ。何でも子供を二人捜しているんですって」

 ロキとラナはギクリとした。

「子供、ですか?」

「ええ。他の街の貴族の子供が二人いなくなってしまったそうなの。あなた達もちょうど最近来たって言ってたからその時は気になってしまって。でもカイルのお友達なんだしさすがに違うわよね……」

「街には多くの人が出入りしますから。ロキ達はたまたま同じ時期に来ただけですよ」

カイルのフォローを受けた夫人はラナを見て微笑んだ。

「そうよね。それにあんなに幸せそうにケーキを食べる貴族なんていないわよね。フフ、ごめんなさい。ラナちゃんがあんまり必死に食べてたから可笑しくって。もし捜査局の人がお家に来てしまったらごめんなさいね」

 カイルは微笑んだ。

「大丈夫ですよ。それでは、ケーキ御馳走様でした」

 三人はお辞儀をして家政婦に見送られて屋敷を出た。

「俺達の事、だろうな」

「うん」

 何とも言えない薄気味悪さがロキとラナの胸に広がっていた。

「貴族の子供って条件で捜したんじゃ一生見つからなそうだけどな?」

 カイルは二人を元気付けようと茶化した。

「大丈夫だよ。俺達の家は一つじゃないんだし分かりっこないさ。本当に貴族の子供を捜しているだけかもしれないだろ。帰ろうぜ。明日はボスに紹介するよ」

 ロキとラナは尾行されていないかしきりに後ろを気にしながら暗くなってきた街道を歩いて行った。

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