第4話 ぬいぐるみの鬼 四
「こっちだ」
カイルに付いて行くと中心街に入った。ここまで来ると大きな屋敷や酒場、高そうな服を売る店などが建ち並び、一気に派手な街並みになる。街はこの場所の発展と引き替えに他の地域がおざなりになっているようだった。暗くなってきて閉め始めた店がほとんどだ。子供三人が歩いているのを心配そうに見ている大人が多かった。訝しむのではなく心配する所にこの辺りの治安の良さが表れている。石畳で出来た夜の街道を三人で歩きながらカイルが口を開いた。
「すごいだろ。この辺りはさっきまでいた浮浪者達には一生縁が無いような店ばかりだ。今の将軍になってからは更に発展が加速した」
「ふうん。で、ねぐらはどこなんだ?」
「ここを通り抜けるんだ。もうすぐだよ」
中心街を抜け東地域に入ると西よりはいくらかマシな街並みが広がっている。それでもカイルが歩いている先は石畳も無い誰も住んでいないような妙な静けさがある区域だった。カイルはスイスイと暗い木造の民家の間を進み、周りを見渡すと人がいないことを確認してから奥に進んだ。やがて錆びたハサミや金槌が庭に置かれた家に来ると、静かに話し掛けた。
「ちょっと待っててくれ」
カイルが先に家に入って行った。玄関の扉を開けても黒い布で光ができるだけ漏れないように工夫してあった。窓も黒い布で塞がれている。ロキとラナは顔を見合わせて静かに話した。
「どう思う?」
「人目を避けて暮らしているみたい。空き家を勝手に使ってるのかな?」
夜の空気が二人を不安にさせた。しばらくするとカイルが布を少し開けて二人を手招きした。
「いいぜ。入りなよ」
二人が慎重に入ると、元々鍛冶屋だったのだろう、中は広い木造の家だった。奥は石を煉瓦状に積み上げた空間に繋がっていて鍛冶に使う炉もあった。カイルはマッチを擦って蝋燭に火を点けて机に持って来た。
「冬はここで薪を燃やすと暖かいんだぜ」
ラナはクスッと笑った。
「勝手に使ってるの?」
「ここらにいた奴らは皆いなくなっちまったみたいでさ。王都から武器が調達されるようになってこの工房はお払い箱になっちまったらしい。壊すのにも金がかかるってんで放置して消えちまったって訳さ」
「ふうん」
「兵士に見つかったら面倒だから布で隠したんだけどさ。別に誰も来ないよ。まあ寝る場所はごらんの通りたくさんあるからさ。あんたはあそこのベッドで寝な」
「え? いいの?」
「あ、一緒に寝る?」
「やだ」
カイルはロキを見て両腕を広げておどけた。
「残念」
カイルが木でできた丸椅子に座り、ロキも促されて別の丸椅子に座った。
「さっき何してたんだ?」
ロキが聞いた。
「え?」
「いや誰かに話を通してるのかなと思ったんだけど誰もいないだろ? 俺達を待たせる必要なんかあったのかなって」
カイルは頭を掻いた。
「一応小遣い稼ぎに仕事をする事があってさ。その書類とかを片付けたんだ。別に隠す程の物じゃないけどまあ一応ね」
「へえ」
ロキは部屋を見渡した。棚がいくつかあり、戸から紙がはみ出ている部分もあった。
「今日はたまたま他に誰もいないのか? それともその仕事をしている奴が他にもいるけどここはお前だけの家なのか?」
カイルは少し驚き、笑って答えた。
「何でそう思う?」
「いやさっき自分で言ってたじゃないか。俺達のねぐらって。俺達ってことはお前は普段一人で生きてる訳じゃないんだろ?」
「ああ。今日はここはたまたま一人だったが俺と一緒に仕事をする奴等がいる。十人くらいだけどな。共同のねぐらなんだ」
今度はロキが驚いた。
「十人? ずいぶん多いな」
「ま、いつでも人手不足らしくてね。十人がいつでも街を走り回ってるのさ。だからねぐらはここだけじゃないよ。その時その時に一番近い所に寝るのさ。一つの建物に十人揃うことはまず無いね」
「へえ」
ロキがラナを見ると既に壁際のベッドで寝息を立てていた。
「あの娘だいぶ疲れてたみたいだな」
「色々あったからな。ありがとうカイル、助かったよ」
「気にすんな。興味があっただけだよ」
「え? ラナにか?」
カイルは鼻で笑った。
「違うよ。お前ら生き残りだろ? 西のキャンプの」
ロキは椅子から立ち上がって身構えた。勢いで椅子が倒れたがカイルは唇に指を立てた。
「おいおい落ち着けって。ラナが起きちゃうじゃないの」
ロキは警戒してカイルを睨んでいる。
「西から来たんだろ? おじさんと話してたのが聞こえたんだよ。西から来た新入りの子供って言ったらあのキャンプにいたんじゃないかって普通思うだろ。将軍が出張ったんだぜ」
「……そう、だな」
「追われてんの?」
ロキはあの時の事を思い出した。
「いや……あいつが将軍だったかどうかは分からないけど、ガキには大した事はできまいとか言ってた。多分今でも探してるって事は無いと思う」
「そうか。でも西から来た事は言わないほうがいいな。バレちまうからさ」
ロキは椅子に座り直した。
「そうだ……見逃してもらったんだ、俺達は。ガキだから何もできないってよ」
ロキは悔しそうに歯を嚙み締めた。
「…………」
「皆殺された。あいつを絶対この手で殺してやる。何が将軍だ、蛮族と何も変わらねえじゃねえか」
カイルは聞きながら頷いていた。
「大変だったな」
「すまない、悪かった」
カイルは水を一口飲んだ。
「実はさ」
「ん?」
「俺達も将軍が嫌いでね。俺達のボスはいつか一泡吹かせてやろうと思ってるんだよ。俺達の仕事、手伝ってみるか?」
「え?」
「やる事も無いんだろ? まずは俺の仕事を手伝ってくれよ。明日は簡単な仕事だからさ。あんた達が使えそうならボスにも紹介する。あんたはこの街で暮らせるようになるし将軍の事も探れる。どう?」
ロキはカイルを見た。信用していいのか一瞬悩んだ。しかし別にカイルが二人を騙す理由も無い。別に関わらずに放っておけばそれで済んだ話だ。ロキは一度カイルを信じてみることにした。
「分かった。ラナにも相談してからだけど……どうせ行くあても無いんだ。手伝うよ」
「決まりっ」
二人は拳を合わせた。
「明日は体力勝負だ、ちゃんと寝とけよ」
「何やるんだ?」
カイルは破れたソファに横になった。
「貴婦人の猫探しだ」
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