第3話 ぬいぐるみの鬼 三
キャンプに戻って来た二人を待っていたのは焼け落ちて炭化したテントと死体だけだった。ロキはキャンプの前で事切れていたラナの父親を近くから持ってきたスコップで穴を掘って葬った。ラナをそこに残し、ロキは両親を探してキャンプを歩いた。こんな光景はラナは見ない方がいい、ついて来なくて良かったと思った。焼けた遺体ばかりで区別が付かず、テントと離れた場所で殺されてしまったのだろう、両親は結局どこにいるのか分からなかった。
ロキは自分のテントから使えそうなナイフや道具を持ち出し、手で炭を払ってカバンに入れた。食べられそうな食料をかき集めながら歩き、父親の墓の前で立ちすくんでいるラナの所に戻った。
「行こう。ここにいても仕方ないよ」
「うん。ありがとうロキ」
ラナは涙を拭いて名残惜しそうにゆっくりと歩き出したがロキを見て言った。
「ロキ」
「ん?」
「私、あいつらを忘れない。絶対同じ目に遭わせてやる」
「ああ」
額に傷があるあの騎士は何者なんだろうか? 何故こんな事をしたのか? ロキとラナの胸に怒りと憎しみの炎が宿った。ラナは憎む事で悲しみを紛らわせているようだった。まずは俺達が生き延びなければいけない。
二人は再び湖に戻ると持ち出したハムとパンを食べ、湖の水で喉を潤した。ぬいぐるみ状態なら空腹にならないというのは子供の二人にはとても有り難かった。必要最小限の食料で済む。とはいえ早く食料を確保しなければならない。二人は森の向こうにある街に向かって歩き出した。森を歩く最中、魔女が姿を見せる事は無かった。
森を抜け、ビルギッタの街に着いたのは夕方になった頃だった。ビルギッタはとても大きな街だがその分貧富の差も激しい。二人は西門から入り、馬車や商人の宿泊先を抜けると中心街までの間にある轍だらけの開けた場所があった。焚火とその周りにテントがあり、列に並んだ人達が炊き出しをもらっていた。どうやら行き場の無い貧しい者達はここに集まっているようだった。
二人は炊き出しをもらうために列に並んだ。しばらく待っていたロキがふと後ろを見ると、後ろに並んでいる四人目の人間は自分達より少し若い男の子だった。その茶髪の男の子と目が合った。不思議そうな表情を見せたが男の子はロキに向かって微笑んだ。ロキの後ろを指差している。ロキは頷いて前を見ると自分の前の老人が炊き出しをもらう所だった。
自分達の番になると、炊き出しをしてくれている腹の出たおじさんが二人に話し掛けた。
「あれ、お前ら初めて見る顔だな」
「あ、ええ。さっきこの街に着いたんです」
「どこから来たんだ?」
「西の方からです」
おじさんはスープが入った器をロキとラナに渡した。
「ほらよ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「西ってぇとよ、ついこないだ将軍が西に行ったんだぜ」
「将軍?」
「ああ、なんでも近くに居座ってるゴロツキ共を駆逐するとかって話だ。すぐに戻って来た所を見ると大した抵抗も無かったんじゃねえかな。そっちの方から来たのか?」
ロキとラナはおじさんから答えずに離れた。二人は怒りで叫びそうになるのを必死でこらえた。
(ゴロツキ? 俺達が何したって言うんだ。ふざけるな!)
二人は炊き出しのスープを食べている人が集まっている焚火の所まで行くと、周りにある椅子の一つに腰掛け、スープを食べ始めた。すると先程の男の子がやってきて隣に座った。
「あれ? お前さっきの」
気にせず男の子はスープを一口飲んでから口を開いた。
「よっ。兄ちゃん達、新入りだろ?」
「ああ」
「今日泊まる所決めたのか?」
「いや……今から探すつもりだけど」
「よかったら俺達の所に来ない? この街じゃガキ二人だけで生きてくのは難しいぜ」
この男の子を見ていると不思議と警戒心が和らいだ。
「周りには悪い大人がいっぱいだ。まあ貧乏人の俺達からわざわざ盗みを働こうなんて奴はいないだろうけど」
男の子はラナを指差した。
「あんたみたいなかわいい娘が安心して寝られる場所が欲しいだろ? 外で寝る前に一度俺達のねぐらを見てからでも遅くないんじゃないか?」
ロキとラナは見合わせた。ロキが頭を掻いた。
「嬉しいけどよ、いいのか? 俺達は無一文だぜ。見返りなんか無いぞ」
男の子はスープを食べながら笑った。
「見返りなんかいるかよ! 金が欲しいならもうちょっと金持ってそうな奴に話し掛けるだろ!」
ラナは久しぶりに笑った。
「あは! それもそうね!」
「まっ見返りならあるさ。同じ世代の友達が出来るだろ。俺にはそれが大事な事なんだ。こんな人生じゃ特にね」
面白い奴だ、とロキは思った。
「分かった。案内してもらうよ。でももうちょっと待ってくれ。もう少しスープを味わいたい」
「ごゆっくりどーぞ」
「ロキだ」
「ラナよ」
三人は握手した。
「俺はカイルだ」
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