お茶でもしましょう①


 「あれは相当怒っていたな」

「まあ、仕方ないけど」


町の外へと踏み出してみてもモンスターは一匹も見当たらず、俺達が来た時と変わらずまだ この周辺は平和のようだった。


前方でそんな会話を交わすシーファとミドリコの声もはっきり聞こえてきて、俺は首を傾げる。


「何がだ?」


純粋に尋ねたというのに、振り返った顔にはどこか軽蔑の色が浮かんでいた。


「はあ、これだから」

「人の機微きびうとい私でも気づいたというのに」


ついでに、これ見よがしのため息までつかれてしまった。


「俺が何かしたっていうのか?」


つい口を尖らせたが。


「ええ、仲間に無断で記憶を消去するのは悪いことだと思います」


先頭を歩くカーラが振り向いた真顔に、思わず口籠くちごもる。


「そ、それは……」

「こんな大騒動の最中さなかでなければ、吊るし上げられてても仕方ないことだぞ?」


ボーテさんにも囁かれてしまうが、そもそも俺には記憶がない。


自分のこととはいえ、責められるのは理不尽が気がしてならない。


「しかし意外だったな。アタルに一番甘そうなヒロカまで あの態度とは」


そんなシーファの言葉に顔を上げて、さっき手渡された木杖を眺めてみた。


有無を言わせず俺を追い出したヒロカの顔を思い出し、あれで俺に甘いなんてことがあったのだろうかと思ってしまう。


「あの子、おっとりしてそうに見えて結構 根に持つからね」


すると、ちょっと歩をゆるめて俺の隣に並んだミドリコがジトっとこちらを見る。


「なんで分かるんだ?」

「まあ、長いつきあいだし?」

「長いって、どれくらい?」

「1年からずっと同じクラスだったって前にアタルにも話したよね……って」


そこまでよどみなく喋っていたミドリコの唇がはたと止まる。


「なんだ?」

「もしかして、の記憶もないの?」


逆に聞かれて嫌な予感がした。


「そこ……とは?」

「もう、信じられない。一体どこまで忘れてるわけ?」


それは的中して、ちょっと怒鳴るように怒られてしまった。


とはいえ、何度も言うように本当に俺は何も分からないのだ。


「そう言われても……」

「アタルは、リアルでもミドリコ、ヒロカ、アカネと友達なんですよ」


思わず逃げ腰になる俺を救ってくれたのはカーラだった。


「そうなのか?」

「そうだよ。何か月も一緒にやってきたのに」


ムスっとする横顔をしばらく眺めていた俺だったが。


「……え、もしかして天野かっ?」


重大な事実に気づいてしまった。


「今まで それも分かってなかったの?」


ということは、この目の前の青い髪のアバターは、同じクラスの天野あまの 碧子みどりこ


うちの学校で美女三人組とか呼ばれている奴だ。


しかし俺の記憶では全く関わりなどない。むしろ住む世界が違う女子生徒のはず。


「あ、じゃあ。ヒロカとアカネって、榎と戸田か?」


思いついて声に出すと、もう怒ることも疲れたという風に天野はため息をつく。


「他に誰がいるの?」


確かに天野と仲が良くてその名前の人物は彼女達しかいないが、その2人とも俺は入学以来一度も喋ったこともない。


話のかんじでは結構長く一緒にプレイをしていたようだが、そもそもスクールカースト最上位の彼女達と底辺の俺。


一体なにがあってこんな事になっているのか。


詳しく聞きたいが、また墓穴を掘ってしまいそうなので とりあえず今は黙って謝っておくことにした。


「大体、アタルはいつもそう。大事なことは相談しないで決めちゃうし、そうかと思えばやけに抜けてて皆に迷惑かけたり」

「いや、だから天野。俺は記憶がなくて……」

「天野じゃなくてミドリコ!」


ガミガミと一方的に叱られ、こんなことなら早くモンスターでも何でも出て来てくれ! と心の中で願った時だった。


ヴィゥーィン


という奇妙なうなり声のようなものが、俺達が歩く小道の右側から聞こえてきた。


道の両側は鬱蒼うっそうとした森になっており、昼間なのに光が届かないその中は薄暗い。


「……あいつらか?」


それまでの雰囲気を一変させ、険しい顔つきになったシーファがボーテさんに近づき小声で尋ねる。


「そ、そうだ! 俺達を襲ってきたモンスターで間違いない」


そんな返答に、俺達の間には一気に緊張が走った。


よくよく見れば、森の大きな木の影から五つの紫色の光がぼんやりと見えている。


目をこらすと、そればギョロリとした目玉であった。


「うわっ」


その気持ち悪さに、思わず俺は後退あとずさってよろける。


「スカウターは入るか?」

「ギリギリですがいけそうです」


しかし そんな反応は俺だけで、他のメンバーはあんなに気味の悪い何かを見てもまるで冷静だ。


それがここの日常であるかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る