残された者達④

「え、キャンディまで」


ヒロカが眉を寄せるが、この場の空気が変りつつあることが感じられた。


「敵の詳細や数が分からない状況じゃ何も言えないけど、襲撃を知っていながら何も対策してないというほうが不自然だ」


ふとキャンディが目を向けた先には、店の壁に飾られた大きな地図がある。


「これって」


つられて目を向けると、地図の上部に書かれた不思議な文字が目に入った。


初めて見た読めない文字なのに、それは確かに“クダラノワールド”と認識が出来た。


「このゲームは、エリアごとのレベル区別があるのに、出てくるモンスターは比較的ランダムに設定されている。それは何故か」


俺の隣に進み出て地図に手を置いたシーファが問いかける。


「まさか、こんな事態を想定して。なんて言わないよな?」


アカネの一言に、答える者はいなかった。


「もしや最初からそこまで見越して?」

「確かにヘンなシステムだなとは思ってたけど」


そこかしこから上がる声に、シーファは満足したようであった。


「これは、私の仮説だが」


地球の地理とは全く違うだだっ広い地図を、紺色の切れ長の瞳が見上げる。


「敵の宇宙人をクダラノのモンスターに置き換えているのではなく、最初から敵の姿をしてモンスターが作られているとしたら?」


そんな彼女の自説に、俺を含めた誰もが静まり返った。


すぐには、言われていることの理解が出来なかったのだ。


「……それって。元々このゲームのモンスターは宇宙人がモデルだったってこと?」


最初に言葉を発したのはミドリコ。


「あくまでも、私が今 思いついただけの仮説だがな」

「いや、でも それならモンスターが誰も見たことのない奇妙な形態をしていることにも説明がつく」


キャンディがすかさず口を挟むが、まだこの世界のモンスターを見たことない俺にはピンとこなかった。


「まあ、要するにならば、必要以上に敵を恐れる必要はなくなるのではないか、という話だ」


ここまでの会話をまとめようとするシーファに、今や誰もが食い入るように耳をかたむけていた。


「うちらが戦っていたのが そもそも本来の敵なら、今まで通り戦えばいいってだけだもんな」

「運営が前から敵のことを知っていたなら、その説も信憑性しんぴょうせいがありますしね」


アカネとカーラまで、その気になったようなことを言い始める。


人間というのは、一度その気になってしまえば。


「とりあえず、やってみようかの」


白い髭の老人の言葉で、ここにいる全員の総意は決まってしまった。


「そうと決まれば、普段のパーティーで様子を見るのが一番いいかな」

「じゃあ、いつも通りカーラが先頭で」

「ボーテさんも装備を整えて」


にわかに場が活気に満ちて、まだ状況についていけない俺はその様子を眺めているだけだった。


「気をつけてね」


そんな中、俺の肩に手を置いてそう言ったのはヒロカ。


「え?」

「はい。一応持って来ておいて良かった」


呆けた声を出していると、紫の石がはめ込まれた木の杖を差し出される。


「これ、は」

「あと薬屋のおばさんが回復薬くれたから。後で皆にも回しておいて」


次いで緑色の液体が入った小瓶を渡された。


……いやいやいや。なんか この流れだと、俺もモンスターを倒しに行くみたいに思えるのだが。


「よし、準備はいいな?」


ざわつく店内の中央で、腕を組んだシーファが声を声をあげる。


「頑張ってな」

「タイカ達を連れて帰ってくれな」


店主や老人達に激励されつつ、パーティーと思われる面々が店の外へと送り出された。


何故か、俺も一緒に。


「分かりました。町の中も気をつけて」

「いってきます」


メンバーは、カーラ、ミドリコ、シーファ、ボーテさん、そして俺の5人。


残った人々は俺達へ手を振っている。


え、そういうかんじ……?


と誰かに尋ねる間もなく、一行は町の外へと向かって歩き出す。


「あの、俺は」

「ほら、グズグズしないで」


何とかその場に残ろうとした俺だったが、ミドリコのピシャリとした声とともに袖を引っ張られた。


「いや。でも俺は記憶?がないらしいし、いても仕方ないっていうか」

「まあ、それは何とかなりますよ」


先頭を行くカーラがほがらかに笑いかける。


「まったく、男のくせに軟弱な奴だな」


シーファにはそんなことを言われ。


「……でも、戻っても地獄だと思いますよ」


最後に隣にいたボーテさんに耳元で囁かれ、どういうことかと顔を上げたが。


ふと視界に入ってきたのは、こちらをニコニコと見送るアカネ、ヒロカ、キャンディの笑顔。


けれど、どこか目が笑っていない気がするのは……多分 気のせいではない。


グズグズしてないで さっさと行けという心の声が聞こえてきそうな気がする。


「……いってきます」


その圧を感じてしまうと、それ以上どうすることも出来ず……。


俺は、大人しくトリアエズの町を出発したのだった。



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