トップランカー③

「……あれ、それって」


しばらく一人で思案しあんしていた赤い目が視線を上げる。


「そう。クダラノを作り、地球の一大事を知り得た存在」

クダラノここの運営っ?」


答えに行きついたスィーティーの横に、トビウオがそっと近づいてきて背中を向けた。


どうやら乗れということらしい。


「あの話からして、協力者=運営なのは間違いないと思う」


インティが横座りをすると、彼女の使い魔は尻尾を数度バタバタとさせ勢いよく海の中へと飛び上がった。


「うわっぷ。でも、それなら運営も宇宙人の襲撃をずっと前から知ってたってことになるよ。どういうこと?」


来た時と同じように、スィーティーの声は水流の中で泡となり消えてゆく。


「それは、まだ分からない」


だがインティにはきちんと聞こえているようで、優雅に座ったままで光が近づく海面を見上げる。


「でも。私の予想だと、運営……いえ、クダラノの開発者もなのかもって」


その言葉と同時に、トビウオは海水を抜け眩しい空へと飛び出していた。


「向こう側……」


飛び散る水飛沫を浴びながら、スィーティーが目を瞠る。


「もちろん、全部 私の想像に過ぎないけど」

「いや、それなら今まで謎だった色々なことの説明もつく」


少し自信のなさそうなインティに対し、スィーティーの目には急速に光が戻る。


「謎?」

「そう。例えば、クダラノ七不思議。“なぜクダラノは、現代の科学では不可能と思われる技術が使われているのか?”」


そんな言葉に、インティも「あ」と声をあげた。


「事務総長の話では、襲来した知的生命体は地球人より遙かに進化した存在。開発者が その仲間だったなら、高度な知識を持っていても不思議じゃない……」


独り言のように呟くインティに、スィーティーは更に身を乗り出す。


「それだけじゃない。もしかしたら、クダラノは最初から ある目的のために作られたんじゃないかと思う」


きっぱりした口調のスィーティーに、今度はインティが聞き手に回る番だった。


「だから、それは仮想現実内に敵を封じ込めるためだって……」

「それも確かにあるだろうけど。更にプラスアルファのプランがあったんじゃないかな」


遙か下になってしまった海面を見つめ しばし考え込んだ後、インティはポツリと口を開く。


「……閉じ込めた、その後のこと?」

「ここまで用意周到に仮想現実を作ったんだ。そう考えるのが自然じゃないかな?」


風を切りながら答えるスィーティーの姿は、その憶測おくそくに自信があるようだ。


「スィーティーはどんな部分がプラスアルファだと思うの?」


インティに尋ねられ、ウサギの耳が数度跳ね上がる。


「例えば……このクダラノワールド全てが、敵を迎え撃つための練習場だった。としたら?」


そして返された問いに、2人の間には沈黙が訪れた。


「……全て?」

「そう。モンスター討伐は変換した宇宙人を倒す練習。ランダムで不条理な世界観は対応力を身につけるため。クダラノの中でプレイヤーの生活が完結するのも、現実に戻れなくても大丈夫なように」


そこまで告げたスィーティーは、自身の予測に恐ろしさを感じていることを自覚した。


それは、当然インティも同じ。


「ここは、全部 仕組まれた世界かもしれないってこと?」


暑さ寒さを感じない設定にも関わらず両腕をさすってしまうのは現実世界での癖だ。


「まあ、それは当の本人に聞かない限りは分からないけど。……それが出来れば世話ないんだけどね」


そこで大きなため息をついたスィーティーは、やっとトビウオの上から下界の景色を眺めることが出来た。


「あら、どうして無理だと思うの?」


同じく少し余裕が出たのか、白金プラチナ色の髪をなびかせながらインティが尋ねる。


「だって開発者だよ? クダラノ創世以来、ずっと隠れ続けている幻の存在。そんな奴を捕まえるなんて」

「開発者は幻なんかじゃないわ」


スィーティーの愚痴のような声をさえぎり、青い空と海を背にしたインティがいつものように笑う。


「え?」

「前も言ったけれど、アマテラスは開発者に会ったことがある。決して存在しない人物ではない」

「それは、そうだけど。存在してても居場所が分からないんじゃ、どうにもならない……うわっ」


不満そうに口を尖らせていたスィーティーの体が急に反転する。


「それは違うわ」


勢いよく身を翻したトビウオの上で、インティは言った。


「へ?」

「伊達に10年間クダラノ中を掘り返していた訳じゃない」


その言葉と共に使い魔は、大海原うなばらの遙か彼方南へと進行方向を変える。


「どこ行くのっ!?」


思わずトビウオにしがみつきながら叫んだスィーティーに、インティは妖艶な笑みを浮かべた。


「開発者の棲家すみかへ、殴り込みよ」

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