トップランカー①


 「うわああああーっ」


空を全力飛行していたピンク色のゴキブリは、勢いよく海の中へと突っ込んでいった。


そのまま渦巻く水流に飲み込まれ、背負われていたスィーティーは当然のことながら声にならない悲鳴をあげる。


水力でグルグル回転させられ、呼吸もできず目を回しながら辿り着いたのは。


「スィーティー!?」


青白く輝く美しい城。通称 “水綺楼すいきろう” 。


No.2ランカー、インティの住処すみかである。


「インティぃ……」

「大丈夫?」

「な、なんとかね」


四つん這いでフラフラと起き上がるウサギ獣人を、駆け寄ったインティが慌てて支えた。


「来るなら言ってくれればセキュリティを解除したのに」


呆れたように、まだ ふらつくNo.5ランカーの脇をかかえ城門の中へといざなう。


「だって、急いでたから」

「それにしたって、レベルの低いプレーヤーなら そのまま強制ログアウトよ」


しかし、白く光る道を歩きながら、どちらともなく口をつぐんだ。


「……まあ、これからはログアウト出来るのか保証はないけれどね」


ポツリと呟くあるじに、海中にそびえる城はいつも通り厳かに城門を開いた。


 クダラノのプレーヤーは、それぞれに自らの“家”を持っている。


ましてトップランカーともなれば それは城や島という規模になることも珍しくなく、インティも彼女の地位にふさわしい居城きょじょうを海中に構えていた。


水の中に幻想的に揺らめく青い城郭じょうかく


海底にあるためレベルの低いプレーヤーは見つけることさえ困難であり、許された者以外 訪れることは出来ない。


No.1ランカー アマテラスの “天空に浮かぶ城塞” と双璧をなす難攻不落の城として知られていた。


 「……これから、どうなるんだろう」


その水綺楼の客間で、青く透き通るテーブルと椅子に腰かけながらスィーティーが力なくこぼした。


それが示すのは、ついさっき聞かされたいまだ信じられぬ事実のこと。


他のプレーヤーと同じく例の放送を見た彼女も、しばし呆然とした後 大慌ててでログインしているトップランカーを探して ここに乱入したのだ。


「やっぱりログアウトは出来ないようね」


向かい側の椅子に座りながら、インティが自身の白い手指を見つめ言う。


10年も繰り返してきた動作をもう一度行ってみたが、やはり現実の世界に帰ることは叶わなかった。


「各エリアに置いてる使い魔の話だと、ログアウトは出来ないけどログインは可能みたいなんだ」

「そうなの?」


そんなスィーティーの言葉に、虹色の瞳が大きくみはる。


「実際、あの放送以降も何人かがクダラノに入ってきてる。来るもの拒まず、去る者は許さないってことみたいだ」


その情報を聞いたインティは、唇を閉じて何かを考え込んだ。


「あの国連の人の話が本当なら、クダラノのモンスターが地球を襲う宇宙人にすり替わったってことでしょ? 早くそいつらを倒さないと……っ」


ウサギの手でテーブルを叩く友人を、静かな視線がじっと見つめた。


「……それも大事だけれど。でも、もっとやらなければならない事があると、私は思うの」


返された冷静な言葉に、スィーティーが思わず立ち上がる。


「このヤバい状況で、他にやらなきゃなんないことって何!?」


つめ寄られたウサギの口を手で押さえながら、自慢の白金プラチナ色の髪を揺らしインティは顔を上げた。


「それは……このクダラノワールドの意思を統一させること」


告げられた言葉に、赤い瞳がキョトンとまばたきをする。


「意思の、統一?」

「もし未知の敵が解き放たれたのなら、何も分からないまま個々が勝手に動き回るのはとても危険だわ」


さとすように続けられ、スィーティーは少しトーンダウンしたようだった。


「まあ、それはそうだけど」

「効率よく戦い確実に勝つためには、クダラノの全プレーヤー全員が協力して立ち向かうことが最重要だと思う。……そのために、多少の時間と犠牲が必要だったとしても」


静かではあるが強い決意を秘めた声音こわねに、肉球の両手がグッと握り締められる。


「……そう、だよね。これはもうゲームじゃない。死ぬか生きるかの、ガチなやつ。私の考えは、確かに甘かった」


一度言葉を切って、改めてスィーティーはインティへと向き直る。


「でも、それでも犠牲は出したくない」

「それは もちろん大前提よ」


声を絞り出すようなスィーティーに、インティも静かに頷いてみせた。


「それには、やっぱり絶対的に作戦や戦略が必要。そして、それを取り仕切ることが出来るのは……」

「……クダラノにおいて、圧倒的な知名度と実力を兼ね揃えた、誰もが認めるNo.1ランカーだけ」


そこまで言えば、2人がその先に連想する名は一つだけだった。


「アマテラス」

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