その日①

「またトップランカーのファイトマッチとか?」

「でも、前のとは様子が違うみたい」


そんな会話をしながら、カーラとミドリコが家の玄関を開けて外へと出てゆく。


俺もなんとなく付いて行くと、周辺にいた他のプレーヤー達も何事かと落ち着かない様子であった。


やっぱりこの状況は何かおかしなことが起きているのだと、ゲームのことが分からない俺にもいやおうでも伝わってくる。


ヴォン


という音がして、急に視界が暗くなった。


見上げれば、さっきまで晴れていた青空が黒い画面へと変わっている。


『緊急放送を開始します』


壊れた機械のように天からの声が同じ言葉を繰り返すと、その空が突然映像に切り替わった。


青っぽい壁を背景にして、机に座りこちらを睨むよう見つめる初老の外国人男性。


なんか見たことある人だな……なんて思っていると。


「あれって、国連?の偉い人じゃない?」


横で同じようにそれを見上げていたアカネが言った。


「確かに」

「ニュースで見たことある気がする」


横からシーファとキャンディも頷くように、要するに知ってはいるが遠い世界の人物ということだ。


「けど、どうして そんな人が?」


ポツリとヒロカが呟くと同時に映像に音声が入る。


『全世界の皆さんに、お知らせしなければならないことがあります』


冷静ではあるが、どこか上ずった声音で彼は重々しく喋り始めた。


『是非、冷静に聞いてください』


そんな出だしに、何だか嫌な予感が胸をよぎった気がした。


「これって、リアルの世界での放送ってこと?」

「そうっぽいよね。それをクダラノでも流してるのかな」


背後でヒロカとミドリコが小さく囁きあう。


画面の中では、男性が落ち着かない様子で一つ咳払いをし、ハンカチでひたいの汗を拭った。


そして。


『今、私達人類は地球外生命体からの攻撃を受けています』


そんな、あまりにも荒唐無稽こうとうむけいな話を告げたのだった。


「……は、あ?」


しばしの沈黙。


誰もが、同時に気の抜けた声を漏らしていた。


「なに、言ってんだ?」

「これってドッキリか何か?」


近くにいた他のプレーヤー達からも怒りとも戸惑いともつかぬ声があがる。


それは、そうだろう。小学生の悪ふざけにしたって、もうちょっとマシな嘘を考える。


それが、事もあろうに宇宙人に攻撃されている?


あまりにも現実離れしすぎていて、乾いた笑いしか出てこなかった。


『信じられないのも無理はありません。しかし、これは冗談や誤情報ではない。全世界の皆さん、落ち着いて私の話に耳を傾け、冷静に行動してください』


なのに。国連の偉い人は笑み一つ浮べず、馬鹿らしい話を真面目くさった顔で続けているのだ。


誰もが心の中で


「あれ。これって、もしかしてガチだったりする?」


キャンディと同じ不安が、少しだけ頭をかすめ始めただろう。


『実は、この地球外生命体からの襲撃は以前から予告されていたことでした。今となっては言い訳になってしまいますが、パニックを避けるために秘匿ひとくし、限られた者のみが代々知らされてきました。というのも、がこの地球を襲撃するのは、本当ならば300年も後のはずだったのです』


訥々とつとつと語る彼の口から、いつ冗談だとネタバレがされるのかをじっと待っていた。


けれど、その彫りの深い顔は青ざめたまま言葉を続ける。


『しかし、安心してください。我々とて将来の災厄さいやくをただ指をくわえて眺めていた訳ではありません。きたるべき時に備え、協力者と共に作り出したのが、かの“クダラノワールド”なのです』


周囲からあっという声が沸き起こる。


たった一人、俺だけが何事か理解できないでいたが


『このクダラノには』『クダラノにログイン時』『クダラノを始めたばかりなんだ』……。


今までの、彼女達との会話を思い出し


ああ、ここがクダラノという世界の中なのか


その絶望にも似た現実に気づいてしまった。


『飛来する敵は、私達 地球人より遙かに進化した生命体です。とても正面から戦って勝てる相手ではない。詳細は省きますが、クダラノワールドも現代の地球の科学技術では辿り着けないテクノロジーで構築されています』


そんな話を聞きながら、ふと俺はつい何分か前の出来事を思い出していた。


突然、大きく揺れた世界。


皆の反応からして、普段ならあり得ない出来事。


それが、この状況と無関係なはずがない……。


『すなわち、クダラノというゲームは、人類の敵を閉じ込めるために開発された、仮想現実という名の監獄なのです』


まるで上手くいった成果を誇るように、彼はこの日 初めて笑った。

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