来訪者⑤

「おお、それは有難い。しばらく厄介になるが、よろしくな」


嬉しそうに立ち上がって俺達に頭を下げるシーファ。


ヘンな奴ではあるが悪人ではなさそうだし、俺は特段 賛成も反対もなかったのだが。


「一つだけ、聞きたいんだけど」


なごやかな空気の中、一人だけ声をあげる人物がいた。


「どうした?」


皆の注目の先。

キャンディが、少し硬い表情で目の前のシーファを見据えている。


「さっきから気になってたんだけど……あんたって初心者ではないよね?」


ズバリ尋ねられた言葉に、ヒロカやミドリコは「あ」と何かに気づいた。


「どういうことだ?」


それでも よく分からない俺が、コソッと隣のカーラに聞いてみると


「シーファは、先ほど自分は昨日クダラノを始めたばかりと言いました。けれど、ゲーム内でも相当ニッチな存在であるネタバレ絶許システムの存在を知っていた。キャンディは、そこに矛盾が生じるのではないかとと言いたいのだと思います」


耳打ちでそう説明され、ようやく理解できた。


確かに、シーファは「以前に同じような症状を見たことがある」と言って俺達に声をかけてきた。


言われてみれば、不思議に思わぬほうが逆におかしい。


まさか何か目的があって俺達に近づいてきたのか……? と一瞬考えたりもしたが。


「ああ、これはセカンドアバターだ」


あっさりとシーファはそれを認めた。


「そう、なんだ?」

「聞かれなかったから言わなかっただけで、特に深い理由はない」


あっけらかんと語る姿は、確かに悪気はなさそうに見える。


「たまには気分を変えてみようと思ってな。だからレベルは0だが、クダラノについては そこそこの知識はある。また何かの際には お主らの力になれるやもしれんぞ」


堂々と胸を張られてしまえば、疑っていたこちらが悪いような気すらしてくる。


「別に、聞いてみただけで責めてる訳じゃないし」


尋ねたキャンディ自身も、早口でふいっと顔を背けてしまった。


こいつも中々の曲者だが、どうやらシーファのほうが一枚上手のようだ。


「そうか。ならば、予定通り世話にならせてもらおう」


なんだか丸め込まれた気がしないでもないが。


そんな経緯いきさつがありつつ、シーファがここへ居候することが正式に決まったようであった。


「お主達のジョブは何だ?」

「私達はエリア組と裏方組に分かれてて……」

「今度、一緒にトリアエズの町に買い物でも行こうよ」


けれど、そこは女同士。一度顔を突き合わせてしまえば、なんやかんだで もう意気投合して楽しそうに笑い合っている。


会話に加わっていないのは、俺と、その横でムスっとしているキャンディだけ。


シーファに突っかかるようなことを言った手前 気まずいのだろうか。その気持ちはちょっとだけ分かる気がした。


「お前って、コミュ障だろ」


目の前でワイワイやっている他のメンバー達に聞こえないよう小声で聞いてみると


「はあ? アタルにだけは言われたくないし!」


テーブルの下で思いっきり足を踏んできやがった。


「痛って!」

「うるさい」

「お前なっ」


やっぱり、こいつが一番たちが悪いのは間違いなさそうだ……。


「ちょっと、そこ。またケンカしない」

「記憶ないくせに、やってること同じじゃない」


いがみ合う俺とキャンディと、それを呆れたように止めるヒロカ、ミドリコ。


覚えていないはずなのに……。何故かそれは、あまりにものことのように思えてしまった。


記憶なんてないのに、なんだか楽しくて、少しだけこの場所が心地よく思えてきてしまっていた。


そんな時。


「うわっ」


突然、激しく世界は揺れた。


「きゃっ」

「なんだっ!?」


誰もが立っていることが出来ず、思わず床に座り込む。


それほど衝撃が、何の前触れもなく俺達を襲った。


「皆、大丈夫ですかっ?」


テーブルに捕まりながら立ち上がったカーラが、まだ微かに軋む天井を見上げながら小さく叫ぶ。


「……何だったの?」

「地震、な訳ないか」


アカネが自分に反論したように、恐らくゲームの中に地震はない。


それなら、さっきの揺れは……。


『緊急放送、緊急放送を開始します』


そして、落ち着くいともも与えられず鳴り響いたけたたましいアラート音とアナウンス。



そんなものが、今までの平和と常識……いや、後から思えば人類の歴史そのものを吹き飛ばす合図だったのだ。



「え? なになに?」


神経を逆なでする甲高いアラームに顔をしかめつつ、俺達は同時に周囲を見回す。


どこからこの声がしているのかと思ったが、どうやら全体に聞こえているものらしい。

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