来訪者④

「これは簡単にいえば、クダラノにログイン時、クダラノに関しての記憶だけを消すことの出来る機能だ」


簡単にというが、正直よく分からない。


「なんのために?」


同じことを思ったのか、アカネがもっともな質問をする。


「基本的には、自分がまだ倒していないモンスターの弱点やエリアの攻略法を先に知ってしまった時とか、セカンドキャラで新しくゲームを始める時に使うことを目的とされている」

「ああ、それでネタバレ絶許っていう」


ヒロカが苦笑いをするが、確かに酷いネーミングである。


「これは、頭のいかれたトップランカーが運営にゴリ押しして作ったシステムでな。使っているプレーヤーはほとんどいない」

「そうなの?」

「普通に考えれば、セカンドアバターを作ったとしても以前の記憶や知識があったほうが圧倒的に有利であろう?」

「まあ、わざわざ初期の面倒くささを繰り返したいと思う奴は、よほどの変わり者かドMだね」


シーファの説明にミドリコとキャンディがそれぞれ頷き、俺にもぼんやりとだが話の流れが見えてきた。


「じゃあ、そんなシステムを初心者のくせに導入したアタルは」


チラリとこちらを遠慮がちに見つめたのはカーラ。


「本物の変わり者かドMか馬鹿だろうな」


きっぱりしたシーファの言葉に、俺は項垂うなだれた。


「はああ? どうして、そんなこと?」

「そういえば、アタルだけポイントの使い道聞いてなかったし」

「なに考えてるわけ?」


信号機のような髪色の3人に同時に責められ、正直泣きたい気分だ。


なんせ、俺には


そんなことを問いつめられても、それさえも知らない。……いや、正確には忘れているということらしいのだから。


「そう言われても……」


まさに右も左も分からない状態で、色々なことが急に雪崩れ込んできて頭の整理が追いつかない。


しかし言われてみれば。それが真実なら、俺があのベッドで目覚めてからの状況が全て説明がつくというのも事実だった。


「考えられるのは、何らかの事情でこいつがネタバレ絶許システムを使用してクダラノにログイン。システムはその都度記憶が消去されるから、毎回のように挙動きょどうがおかしかったのだろう」


そうまとめたシーファに、他のメンバーはどこか呆れたような、怒ったような表情で黙り込んでいた。


その矛先ほこさきは……当然俺だ。


「一体、なに考えてんだよ?」


アカネに睨まれるが、それはもうこっちが聞きたい。


記憶を消す前の俺は、どんな事情があり、何を考えてそんなことを実行したのか。


「ログアウトすれば記憶は全部戻るよ」


そんな混乱の最中、キャンディがまるで告げ口でもするようにボソッと呟いた。


「え、じゃあ一度戻って亜汰流に吐かせるわ」

「ちょっと待ってて」


それを聞いた途端、勢いよく立ち上がったのはミドリコ、ヒロカ、アカネ。


ということは、彼女達とはゲーム外の世界でも知り合いなのだろうか。


それはそれで、怖ろしい。


「いや、ちょっと待て……」

「ま、まあまあ。それはいつでも出来ますから」


にじり寄ってくる3人から後退あとずさった俺は、そんなカーラの一言に救われた。


「ほら、まだシーファの頼みを聞いてませんし」

「それは、そうだけど」


そう言うとミドリコ達は小さくため息をつき、一度立ち上がった椅子に渋々と座り直す。


この時、俺は確信した。


ここに集まっている中で信じていいのは、カーラだけだ。


他の奴等は、隙を見せたらどんな突っ込みを入れられるか分かったもんじゃない。


「ああ、そういえばアタルのことを教えてくれるのに、何か交換条件があるって」


自分でそういう約束でシーファをこの家に連れてきたヒロカが思い出したように言う。


気がれてくれて、俺は心の中で安堵のため息を漏らした。


「おお、それなんだがな」


お誕生日席から何故か俺のことをチラチラと見ながら、シーファが思い出したように口を開く。


「実は、私は昨日クダラノを始めたばかりなんだ。まだ家も拠点もない。そこで、お主らのところに しばらく宿借やどかりさせてもらえぬかと思ってな」


聞かされたのは、意外にも普通の頼み事であった。


一癖も二癖もありそうな彼女のことだから、どんな無理難題を言われるかと思っていたので逆に拍子抜けだ。


「なんだ、そんなこと」

「別にいいんじゃない? ねえ、アカネ」


他のメンバーもそれは同じだったようで、どこかホッとした様子で皆がアカネへと視線を集める。


家のことについては、このアカネに主導権があるのかもしれない。


「いいよ。どうせ部屋は余ってるし、ゆっくりしていきなよ」


彼女の気風きっぷの良い返事で、その要望はあっさり了承されたようであった。

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