巡る季節

そして、そんなことを考えたのは俺だけではなかった。


 「アマテラス」


背後からかけられた声に、最初は少々うんざりとした。


このNo.1ランカーのアバターはいつの間にかあまりにも有名になり、普通にエリアを歩いているだけなのに注目の的になってしまう。


まだプレーヤーの少ない1106エリアとはいえ声をかけられるのはもう数度目だった。


「アマテラスってば」


だから二度目に名前を呼ばれた時、聞き覚えのある穏やかな声にハッとした。


「インティ?」


振り返ると、白金プラチナ色の髪を揺らした彼女が微笑んで俺を見つめていた。


「ど、うして」


ここに? と聞きたいのだが、口がかわいてうまく言葉が出てこない。


「シュヴァートから攻略成功したって聞いたから、どんな所か見学しようかなって」

「そ、そうなんだ」


インティの職業は魔法剣士と見た目に反した武闘派だが、俺やシュヴァートのようにどんどん新エリアを開拓するタイプではない。


普段は、気に入ったエリアに長く留まり隅から隅まで内部を調べあげる。


それによって発見された隠しダンジョンや発生イベントは数知れない。


「寄生虫が出るんでしょ? ちょっと怖いわ」


そう言いながら俺の傍らへと偏る白い肌。


「あ、ああ」


大きく開いた胸元へ視線を向けてしまい、慌てて顔を逸らした。


落ち着け、落ち着け、俺。

インティへの気持ちは抑え込んだはずだだろう。


実際、ここ最近は彼女のことよりミドリコやヒロカ、アカネ、キャンディ、カーラのことを考える時間のほうがずっと長くなっていた。


そうだ。俺だって成長している。前みたいに思い惑うだけの俺ではないはずだ。……多分。


「どうしたの?」


そんな挙動不審な様子に気づいたのか、ほぼ変わらない身長がこちらを上目遣いに見やる。


「……い、いや。ログインするのが久しぶりだったから、ちょっと調子が出なくて」


口から出まかせの言い訳だったが、隣のインティはその薄い唇で笑った。


「そうよ。最近アマテラスの姿を全然 見なくて寂しかったんだから」


お世辞だとしても そう言ってくれるのは死ぬより嬉しい。


「インティは」

「え?」


振り向く長い白金プラチナ色の髪と虹色の瞳は、この荒廃した1106エリアには何とも不釣り合いだ。


「いや、最近どうかなって」


チキンな俺は、絡まった視線を慌てて逸らすしか出来なかった。


「……楽しいわ。でも、キラとばかりじゃなく私ともエリア攻略に行ってよね?」


少しイタズラっぽく返された言葉に俺は固まった。


「キラに聞いたのか?」

「あの子、ああ見えて結構連絡してきてくれるの」


さらりと教えられ、そんなことを全く知らなかった俺は密かに歯噛はがみをする。


あいつ、普段は一匹オオカミを気取っているくせにインティに懐きやがって……。


 「なんだか、こうしていると昔を思い出すわ」


しばらく当てもなく1106エリアを歩いていると、ふいに隣から独り言のような声が聞こえてきた。


「昔?」

「そう。まだこのクダラノに、貴方と私しかいなかった頃」


彼女が見上げた1106エリアの空は白く高かった。


「最近は、随分ずいぶんと遠いところへ来てしまった気がするの」


そんな感傷は、俺にも……俺にだからこそよく分かる。


あの頃は、何も考えずに純粋にゲームだけを楽しめていた。


ランクとか、ファイトマッチとか、イクリプスとか。

そんなものに頭を悩ませることになるなんて、当時の俺は想像もしていなかった。


「でもね、ここが私にとって一番大切な場所ってことは変らない。やっぱり、この世界が大好きだから」


輝く髪を揺らし、微笑むインティは美しかった。


そして、その時の俺は彼女の笑顔をちゃんと正面から見つめることが出来ていた。


「俺も、同じだよ」


この世界の創生から共に歩んできた戦友であり、友人であり、憧れの人。


その存在が特別なものには違いない。


けれど、明らかに今までの俺とは違う感情が心に芽生え始めていたのかもしれない。


「……そっか。ちょっと、悔しいな」

「え?」


彼女が小さく呟いた声を聞き逃してしまった俺は、一歩そのそばに近づいた。


「なんでもない」


虹色の瞳で俺へ微笑むのは、いつも通りの美しく優しいインティ。


俺の、永遠の初恋の人だ。


「あ、ああ」

「ねえ、今度 久しぶりに桜師老ろうしろうにでも会いにいかない?」


代わりに唐突に言われた俺は閉口する。


「いや、それは……」

「なんで? たまには夜通し思い出話でもしましょうよ」


そんな会話を交わしながら歩く俺達の時間は、ただ静かに過ぎていった。

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