そして始まりへ④

「そうだね」


こころよく頷いた廣花が考え込むように宙を見つめると


「じゃあ、私はパスワードは“ペペ”にする」


そう言った。


「その心は?」


俺が尋ねると


「“初めて飼ったペットの名前”です」


明確な答えが返ってきた。


なるほど間違いようのない確実な設問だ。


「じゃあ、うちは“5月24日”にする」


その横で自分の長い髪をもてあそんでいた茜が続けて宣言した。


「誕生日か?」

「違うし」


あっさり不正解をくらうが、そうじゃなければ俺に分かりっこない……。


「秘密のヒントは“ホームランボールをキャッチした日”」


ニコニコ笑う様子から、それはよっぽど楽しかった思い出なのだろう。


「じゃあ、後は俺か」


そんな2人に続けて考え込んでみたが、これといって思い浮かばない……。


何でも良いのだろうが、急に言われると困ってしまう。


「……パスワードは“イキトス”」


だから、何故か急に頭に浮かんだ言葉を口にしていた。


「なに、それ?」

「食べ物?」


廣花と茜は不思議そうな顔をしているが、当然食べるものではない。


「ペルーにある観光地だ。秘密のヒントは“1番行ってみたい場所”」


そう伝えると、2人ともその地名を知らなかったようですぐさまスマホで調べ始めた。


「えー、めっちゃ綺麗じゃ所じゃん」

「なんで亜汰流はここのこと知ってたの?」


何気なく尋ねられ、俺はギクリとした。


ペルーはインティの故郷。


昔、色々と調べいるうちに知った場所なのだが、それをそのまま言えばストーカーみたいに思われてしまいそうだ。


「……なんでだっけなあ」


ぎこちない作り笑いで誤魔化し、俺はその場をやり過ごした。



 そんなこんなでピンチを乗り切った俺は、家に帰ってから今度はアマテラスのパスワードを設定しなければならなかった。


「……739。これでよし、と」


自分の部屋でポチポチと設定を終え、ベッドに倒れ込む。


明日からは夏休みということもあり、だらけた頭で これからどうしようかと考えた。


結論として、18の夏に予定の一つもない俺はクダラノにログインするしかやることはないのだが、問題はにするかだ。


アマテラスは、言うまでもなく長い間 人生を共にした相棒だ。


いや、辛いことも楽しいことも全てを分かち合ってきた、それは もう一人の自分といっていい。


けれど、最近はそんなアマテラスとしての活動は極端に減っていた。


理由は、アタルとしての生活が予想外に楽しくなってしまっていたから。


今までなら、朝起きた時、学校から帰ってきた放課後、夕飯を食べた後。何を差し置いてもアマテラスとなってクダラノ中を隅から隅まで飛び回った。


その楽しさや愛着は決して変わることはないけれど、 楽しいと思えてしまうのはアタルだった。


最初はこんなはずじゃなかったのになあ。


成り行きで捨てアカを作った時が遠い昔のように思える。


「……でも、お前とも遊びたいのも本心なんだ」


シーツの上で目に寝そべった俺は、静かに目を閉じた。



 『おかえりなさい。アマテラスの休眠時間は現実世界で63時間04分でした』


次に目を開けると、もう嫌というほど見慣れた景色が目に入る。


俺がいない間も、この住処すみかはいつもと変わらずクダラノの空を揺蕩たゆたうていた。


「さて」


重ね布団の上に起き上がった俺は、天蓋てんがいの寝台を出て大きく伸びをする。


すっかり馴染んだアマテラスの体。


今日は、どこに行こうか。


上階の部屋に移ると、景色は高く広くクダラノの世界を映し出している。


四方の壁を取り払い吹き抜けにしたこの場所は俺の一番のお気に入りで、中央に一つだけ置いた椅子に座って1日を過ごすなんてこともよくあった。


それでも良いが、せっかく久しぶりにログインしたのだからきちんとゲームを楽しみたい気持ちもある。


しばらく考えた俺は、外出用衣装に着替えて自らの拠点から飛び立った。


 クダラノでは、エリアを最初に攻略したプレーヤーに優先的に色々な権利が与えられる。


例えば、その土地を所有できる優先権なんかが良い例だ。


しかし、モンスターやギミックが複雑かつランダムになっているこのゲームの特性のお陰で、それ以降の冒険者が退屈するということはない。


いつ行っても新しい発見があるし、むしろ何周かしないと出現しないダンジョンやレアモンスターなんてものもザラにある。


そういう意味で、クダラノのは全てのプレーヤーに平等といえる。


 そんなこともあり、俺はレベル1106エリアに来ていた。


シュヴァートに最初の攻略は先を越されてしまったが、今まで全てのエリアを踏破とうはしてきたアマテラス。


一度くらいは、攻略に本腰を入れなければと思ったのだ。

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