そして始まりへ③

「何か忘れ物?」

「違う。クダラノのお知らせを確認してみてだって」


メッセージを読み上げる茜に、俺は内心首を捻る。


他のゲームと同じようにクダラノにも運営からの告知などを載せる『お知らせ欄』というものがプレーヤーごとに存在する。


だがクダラノ運営は極端にプレーヤーと接触したがらないため、せいぜい『メンテナンスのお知らせ』『5月1日より競技トーナメントが開始されます』という必要最低限の情報が年に数度届くくらい。


例年、こんな時期に何かアナウンスがあるというのは記憶になかった。


「なんか、ネットでも話題になってるみたい」


廣花の声につられ、俺も自分のスマホを手に取り検索をかけてみた。


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クダラノからお知らせくるとか珍しい。

けど紐づけってなに?

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長年クダラノやってるけど初めて聞いた

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秘密のヒントって懐かしい響きだなw

運営は年寄りか?

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え、これって自分しか分からない言葉を

設定するってこと?意味わからん

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世の中の反応は、上記のようなかんじだった。


一体なにが起こっているんだ……?


「なんかね、パスワードを設定?するんだって」


同じようにスマホをスクロールしていた廣花が自信なさそうに画面を読み上げる。


「パスワード?」


顔をしかめた俺に彼女はスマホを差し出した。自分で確認しろということらしい。


「“本人とアバターを紐づけるため、新たにパスワードを設定してください”」


誰かが数秒前に投稿した書き込みは、そんな文字から始まっていた。


クダラノはゲームを開始する時にIDの発行とパスワードの設定が必要となる。


新たにとわざわざ言ってるのだから、初期のパスワードとは別にまた設定をしなければならないのだろう。


「“パスワードを設定したら、その言葉を忘れないために秘密のヒントを設定できます。例えば、パスワード=ロビンソン・クルーソー 秘密のヒント=初めて買ってもらった本 のようになります”」


「なんで、今更そんなことするわけ?」


横から書き込みを覗き込んできた茜が不満を漏らす気持ちは分かる。


今までも問題はなかった訳だし、やけに唐突とうとつすぎる。


「でも、これ設定しないとログイン出来ないようになってるみたい」

「はあ?」


再度 廣花のスマホを見ると、確かにログインできなかったという書き込みがリアルタイムで増殖ぞうしょくしている。


「運営もなに考えてるんだよ」


俺がこうして苛つくのには、面倒くさいという以外にも正当な理由があった。


 話は少しさかのぼり、トリアエズの町でイクリプスが好き放題に暴れていた時期のこと。


長いこと俺達や町の皆は嫌がらせを受け、結果的にファイトマッチまでもつれ込むこととなった。


しかし、その間もただ指をくわえて奴等の横暴を見ていた訳ではない。


かなりの数のプレーヤーが運営にこの状況を訴える嘆願たんがn書を送っていた。


前提として、クダラノの運営はプレイヤー同士の揉め事には一切不干渉ふかんしょうである。


しかし、ここまで酷い暴挙ぼうきょは今までになかったもの。これを見過ごせばクダラノを引退する者も相当出てきてしまうだろう。


だから今回ばかりは何かしら対策やペナルティを与えてくれるは……と思っていたのだが。


「『運営は、一切関与いたしません』。だってよ!」


嘆願書に対しての返信を読んだアビーの怒りの一言である。


他でもまったく同じ文面が一斉に返ってきて、皆がどれだけ失望したか分からない。


当然だが、アタルが送った訴えにも上のテンプレ回答が戻ってきた。


バカにしやがって……。


返信文を睨みつけメールを消去しようと思った俺は、画面のカーソルが下へと続いていることに気がついた。


なんだ?


真っ白なスペースをひたすらくだってゆく。


そこに現れたのは


『現実に、運営はいないのだから』


そんな文字だった。


……何を言っているんだ? ここは現実ではなく仮想現実世界。


だからこそ楽しむために、こうして助けを求めているというのに。


はるか昔 一度会ったきりの開発者を脳内で睨みつけたのだった。


 「じゃ、今ここでパスワード決めちゃおう」


そんな訳で運営へ憤慨ふんがいしていた俺の耳に、空になった皿をテーブルの端に寄せた茜の声が聞こえてきた。

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