そして始まりへ②

「ふーん。じゃあ、次の目標を聞かせてよ」


少し不満気な表情を浮かべていた碧子に言われて、俺は眉をひそめる。


「目標?」

「そう。ファイトマッチに勝って平和が戻ったわけだし。これから どうするのか」


つまり、本当にやる気があるのなら答えられるだろう。と言いたいらしい。


「……そうだなあ。とりあえずヒーラーが欲しいとは考えてたけど」


色々考えてはいたけれど、いざとなるとすぐには言葉が出てこないものだ。


「えーっ、知らない人増やすってこと?」


けれど、そんな俺の言葉に反応したのは茜のほう。


「なんだ、嫌なのか?」


誰とでもすぐ仲良くなれるパリピ人間だとばかり思っていたが。


「だって、せっかく今のメンバーでいいかんじなのに」

「確かに、新しく入った人が性格悪かったら最悪」


茜に続き、アイスティーの氷をかき回しながら廣花まで同調してくる。


「もしかして、キャンディやカーラが仲間になるのも嫌だったのか?」


ハッとして逆に聞き返したが。


「あの2人はいいの」

「なんで、そういう意地悪言うの?」


俺の心配は瞬時に斬り捨てられ、逆に悪者のようにされてしまった。


……本当に、女というのは分からない。


「まあ、それはそれとして」


コホンと咳払いをして、俺はフォークを皿の上に置く。


「実際問題、これから本格的にエリア攻略を進めていくなら回復役は必須になってくると思う」

「そうなの?」


廣花が首を傾げるが、これは早晩そうばん必ずぶち当たる問題だ。


「普通なら俺達のレベルではまだヒーラーは要らない。けど、うちのパーティーは元々ミドリコの成長が早かったうえ上級者のカーラまで加入した」

「それで?」

「そうするとエリアの攻略が早まって、どんどん難易度も上がる。回復薬では間に合わなくなり本職のヒーラーが必要になってくる」


いっきに説明を終えると、何故か3人は視線を交差させていた。


「なんだよ」

「いや、やっと いつもの亜汰流っぽくなったなって」


ワシワシと茜に頭を撫でられて、俺はしまったと思った。


「や、やめろよ」


慌てて顔を背けたが、これは照れ隠しではない。


せっかく初心者のふりが成功しそうだったというのに、また調子にのってやってしまった。


「でも、そっちのほうが亜汰流らしいし」

「そうそう。あのポケーっとしたアタルのままだったら どうしようかと思ってたもん」


碧子と廣花にもからかわれ、内心 複雑な気分だった。


こんな風に言われるのは怪しまれてないということだが、一方で俺の薀蓄うんちくを頼りにしてくれてるとは思ってもなかった。


「今日は亜汰流のやる気が確認できて良かったよ」


悶々もんもんとする俺の目の前で、鞄を持って碧子が立ち上がった。


「もう行くのか?」


彼女は夏の大会に向け、もう明日から合宿と遠征に突入するのだという。


「うん。夜の自由時間は出来るだけクダラノにログインするようするから」


力強く笑って見せられるが、そこは剣道に集中したほうがいいのではないだろうか……。


「だから、それまで皆のことよろしく。じゃあね」


大きく手を振って、その背中はファミレスの階段を下り消えていった。


よろしく、か。


「茜は夏休みはどうするの?」


つられて振ってしまった手を引っ込めた俺の前で、今度は廣花が茜の皿から苺をつまみ食いしながら尋ねる。


「うちもバイトが結構 忙しいんだよね。あと、家族で海水浴とキャンプとバーベキューと登山の予定があってー」


面倒そうにぼやかれるが、母が死んで以来 家族旅行に縁のなかった俺にはそれが多いのか少ないのかはよく分からない。


「廣花は短期留学だっけ?」


苺を口に放り込んだ横顔に尋ねると、あの大きな瞳が俺を見返す。


「そんな大層なもんじゃないって。1週間だけパパの友達の家に遊びに行くって言ったじゃん」


というのも、彼女の父親の友人が住むロンドンへ行くという話を数日前にさらりと教えられていたからだ。


それに加えてまだオカルト研究会の映画の出演もする気でいるというのだから頭が下がる。


「じゃあ、皆それなりに忙しいんじゃないか」


これからの目標なんて言ってた割には、結局 暇なのは俺だけというオチだ。


「だから、亜汰流のやる気を聞いたんだろ」

「そうそう。君には私達の留守を守るという大役があるのだ」


茜と廣花に茶化すように言われるが、何だか釈然しゃくぜんとしなかった……。


「あれ、碧子から」


そんなかんじで俺が少し不貞腐ふてくされていると、ふいに光ったスマホをのぞいた茜が声を上げた。

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