そして始まりへ①

 そうして場面は、あのファイトマッチへと戻ることになる。


俺の誤算は思いもよらぬところから発生した。


ログインしたアタルは記憶を失ってはいるが、慣れ親しんだベッドで自分からの手紙を見つけるはずだった。


それを読めば今 起きていることの全容がつかめ、いざファイトマッチにのぞんだ際に上手く立ち回ることが出来る。


そんな展望だったのだが……。


実際にログインしたのは世界樹の家のベッドではなく、そのままファイトマッチが行われる会場であった。


犯人はキャンディ。


以前に開発した、ログイン場所を自由に決められる特殊魔法を試したいと突如とつじょ 前日に思いついたのだという。


「だってアニメとかだと、決戦の場面に直接シュッってかんじで登場するじゃん。とことこ歩いて行くとかダサくない?」


彼女の言い分である。


だから13:00というのは本当にファイトマッチの開始時刻だったのだ。


故に、俺は手紙を見ることもなく、何がなんだか分からぬままファイトマッチに挑むことになってしまった。


……という真実が理解できたのも、当然クダラノをログアウトした後である。



 「そういうことだったのか」


現実の部屋のベッドの上に胡坐あぐらをかいた俺は俺は、しばらく茫然ぼうぜんとして呟いた。


全てを


……待て待て、冷静になれ。


誰も居ない部屋で、ブツブツと言いながら立ち上がる。


なんだか、妙に喉がかわいて仕方なかった。


確かに手紙を見つける作戦は失敗したが、それ以外で大きなミスはしたか?


……大丈夫なはずだ。


キッチンの冷蔵庫を乱暴に開けながら、自分自身に問う。


まず、第一の目的であるファイトマッチでの勝利は果たせた。

アタルがセカンドアバターとバレることもなかったし、周りに初心者と思わせることも出来たはず。

武器の現出げんしゅつで多少バタついたものの、特に疑われずに済んでいる。


当初考えていた目標はおおむね達成できたと言って良いのではないか?


コップにそそいだ麦茶を飲み干すと、今更室内の暑さを感じて汗が一つ頬を伝った。


俺は、ようやく安堵することが出来た。


自分が嘘をついていたこともバレず、クダラノ内での平凡な日常も取り戻せた。


これ以上の成果があるだろうか。いや、ない。


やっと心配よりも喜びの実感が上回り、俺は誰も見ていないキッチンで小さくガッツポーズをとったのだった。



 「なーんか、最近のアタルってボケっとしてるよね」


ファミレスの向かい側の席に座った碧子に指摘され、俺は内心ギクリとした。


「なんのことだ?」


しかし顔に出す訳にもいかず、黙って鉄板ハンバーグを口につめこむ。 


「ああ、確かに。前に比べて頼り甲斐がなくなったっていうか」

「むしろ初心者?」


廣花と茜にも笑われ、言葉に詰まった。


 ここは、終業式後の学校近くのファミレス。


明日からの夏休みに心躍らせていた俺は、教室を出ようとしたところで碧子、廣花、茜に取っ捕まり ここへ連行されていた。


「だから、最初から初心者だって言ってただろ」


ムスッとする俺達の前で、それぞれケーキセットを頼んだ3人は顔を見合わせる。


しかし、彼女達の勘は非常に正しかった。


 それには、まずネタバレ絶許システムについて幾つか判明したことがある。


ファイトマッチの後、俺は1度またシステムをオンにしてクダラノにログインした。


すると、やはり何も知らない状態からのスタートとなった。


ファイトマッチの件もきれいに忘れていたことから、このシステムはどの場合でも記憶を引き継がずログインする度に初期化されることが分かる。


加えて — これは俺に限ったことかもしれないが — 精神が亜汰流またはアマテラスと微かに繋がっているように思える感覚があった。


具体的には、何も分からずパニックを起こしそうなシチュエーションだったとしても「ここはどこ? 俺は誰?」と周囲に聞くのは「それはしてはいけない」という第六感のような感覚が働いた。


まるで、もう1人の自分がどこかからささやいているかのように。


 「なんだよ。まさか やる気なくしたとか言わないよな?」


つい考え込んでしまっていた俺の前で、ケーキにフォークを突き刺す茜にすごまれた。


「え、いや。そんなことはないって」


むしろ、これからも皆と平和にクダラノを続けていけるように俺はネタバレ絶許システムを使用したのだ。


「本当に?」

「本当だって」


廣花に疑うような目を向けられるが、そこはどうか信じて欲しい。


俺だって上手く立ち回れるならそうしたい。


けれど、これまでの自分をかんがみるに、俺は他人の気持ち上手く汲み取る能力がないのだ。


嘘が下手なのも、相手の心情を理解できないのも、一人で突っ走ってしまうのも。


全ては、これまで人と関わらずコミュ障を気取ってきた自業自得。


だから中途半端に偽りと演技を重ねるくらいなら、最初から記憶がない自分になってしまいたいと思った。


それならば、まやかしであっても皆にでいられるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る