本当の自分①

「ミドリコっ、大丈夫か?」


慌ててのぞき込めば、傷だらけの顔がしかめられる。


「大丈夫 大丈夫」


痛覚は感じないはずだが、衝撃ですぐには動けないのだろう。


「こっちだ」


とりあえず この場にいてはまた いつ標的にされるか分からない。


自分の体とミドリコを引きずるように、近くのひっくり返ったテーブルの裏へと逃げ込んだ。


「残りのHPはどれくらいだ?」


物陰に隠れ、やっと一つ息を吐き出した俺は隣で座り込む体へと尋ねる。


美麗びれいだった着物はボロボロになり、その体も所々切り傷が痛々しい。


「アタルと同じくらい、かな?」


少し気まずそうに笑われたが、要は崖っぷちということか……。


「どうして、俺をなんか」


かばう必要なんてなかった。


この場にいても戦闘の役にも立たない。


ミドリコが万全な状態で残ったほうが、よっぽど皆にとっても良かったはずなのに。


「勝手に体が動いちゃった」


けれど、少し照れたようにミドリコは笑う。


「やっぱりキャンディを連れ戻せるのはアタルじゃなきゃダメな気がするの。……それに、アタルがいなくなっちゃうのは何か嫌だった」


その一言で、俺は息を飲む。


何だか、柔らかい手で心臓を鷲掴わしづかみにされたような、不思議な感覚を覚えた。


「アタル?」


急に黙り込んでしまった俺に、不思議そうに呼びかける声。


同じ空間では、カーラとブレイブブルが終わりの見えない攻防を続け、タイカさん達も複数の敵を相手に奮闘している。


煙が消えかかる室内を小林達イクリプスの下っ端がぎ回り、キャンディはきっと近くで身を潜めている。


そんな情景が、どこか遠い世界の出来事のように思えた。


「ミドリコは」


まるで別の自分がそうしたように、俺は呟いていた。


「もし俺が、ミドリコの知ってる俺と違ったらどうする?」


そんな言葉に、返ってきたのは当然 沈黙。


自分で言っておいて、何とも意味不明なことを口走ったと気がついた。


「あ、ヘンなこと聞いて悪い……」


「もしアタルが、私の知ってるアタルと違ったとしても」


けれど、慌てる俺をさえぎってミドリコは声をかぶせる。


「そうだとしても、私は君が好き」


……は? ……はあぁっ!?


きっぱりと告げられた言葉に、こんな状況にも関わらず体中の体温が急上昇するのを感じた。


きっと今の俺は茹蛸ゆでだこのように真っ赤になっているに違いない。


「だって、一緒に頑張ってきたんだもん」


……へ?


「アタルが何が言いたいか分からないけど、アタルは大切な仲間だよ」


しかし、彼女の言う「好き」は俺の思ったのとはちょっと違うようであった……。


「あ、ああ……。ありがとう」


そうか、そうだよな。


勘違いした自分が恥ずかしくて穴があったら入りたい。


いや、あのミドリコの言い方だってまぎらわしいだろう。俺は悪くない。


「なんかね、アタルとはこれからもずっと一緒にいるんだろうなって思うんだ」


密かに百面相ひゃくめんそうをする俺の隣で、しみじみとした声がする。


「私達とアタルがおばあちゃんとおじいちゃんになってもクダラノやってたら笑えるよね」

「ああ、そうだな」


明るく振る舞ってくれるミドリコに、俺もつられてやっと笑った。


「そう考えたら、今の短いつきあいのアタルのこと知ってるとか知らないとか、どうでもいい話じゃない?」


そう言い切った笑顔が眩しくて、つい目を逸らしてしまった。


けれど、この瞬間に俺の心は決まったように思う。


「アタル?」


静かに立ち上がった俺を見上げる視線。


「全部が終わるまで、ここに隠れていてくれ」


そう告げた俺を、彼女はポカンと驚いた顔で見つめていた気がする。


 しかし、ここから先は俺自身の問題だ。


強い決意を胸に、俺は再び戦場へと舞い戻った。


 「おい、クソ雑魚がいたぞ」


予想していた通り、フロアの中央に姿を見せた俺を、小林、竹内、木暮の3人が目ざとく見つけてくれた。


「コソコソ隠れやがってよ」

「ビビッてらしてたんじゃねえのか?」


相変わらずムカつく物言いも、今は不思議とどうでもよく思える。


「とりあえず、こいつをさっさとやっちまおうぜ」


そんな無反応の俺に苛ついたようで、小林が白い杖を振りかざした。


本来なら俺などなぶりものにしてやりたいに違いないが、ブレイブブルにさっさととどめを刺すよう言われているのだろう。


「とっとと消えろや!」


最初に距離を詰めてきたのは、その小林。


やけに冴えた頭で一歩退いた俺は、紫石の木杖を右手に握り直した。


「フユウ」


機械的に唱えた呪文。


「馬鹿の一つ覚えかよっ」


さすがのあいつらでも、既に一度痛い目に遭ってるので警戒している。


素早く身を引いて、俺の魔法から距離を取った。


このフユウは確実に対象に向かって術をかけないと発動しないため、小林達の行動は正しい。


フユウをかけられないギリギリの場所から、俺を嘲笑う声が聞した。

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