本当の自分②

「はい、残念でしたー」


憎々しい声が聞こえ、それと同時にこれでもかというドヤ顔が見える。


そう、俺には小林達の姿がはっきりと見えた。


「うおっ、煙が」


逆に俺を再び攻撃しようとしていた奴等の動きはせずして止まる。


俺の魔法は不発に終わり、何もない空間にフユウをかけてしまった。


言い換えれば、その場のに魔法がかかったのだ。


突然舞い上がった煙に巻かれた3人は咳き込み、反対に俺の姿は一時的に隠された。


今だ。


煙が霧散むさんしたせいでさえぎるものがない周囲を360度見渡す。


「キャンディ!」


すかさず駆け出した俺の右手は、数メートル先で驚き立ち尽くしていた彼女の手をしっかりと握った。


「……アタル」


何だかやけに久しぶりに見るような気がする、黒い頭巾に狼の耳。


煙が晴れた空間で、やっと俺はキャンディを捕まえることが出来たのだ。


「な、何すんだよっ」


ハッと我に返った顔が手を振りほどこうと暴れるが、絶対に離すものか。


フユウをわざと空気にかけたのは、このため。


近くにキャンディがいるなら、一瞬だけでも視界が戻れば見つけ出せるはずと踏んだ。


「ボクは、やらなくちゃいけないことが……っ」

「無駄死に覚悟でイクリプスと刺し違えることか?」


強く手首を掴んだまま言った俺の言葉に、琥珀こはく色の瞳が見開かれる。


「それは……」


やはり、俺の予想は正しかった。


キャンディは俺達に迷惑をかけたと思い込み、自分が犠牲になることでつぐなおうとしている。


「そんなの、俺も皆も誰も望んじゃいない」


信じられないというなら、何度だって言ってやる。


「俺達が危険をおかしてまでここに来たのは、ただ お前と一緒に帰りたいからだ」


そうだ。帰って、また皆でヒロカの作った飯を食べよう。


アカネは家を作って、俺とミドリコとカーラはエリアでのんびりモンスターを倒し、ヒロカとキャンディは魔法の研究。


また、そんな平凡な日々を過ごしたいだけなんだ。


「そんなの甘い戯言ざれごとだろっ」


けれど、鋭い目で怒鳴るキャンディの怒りは正しくもあった。


「じゃあ、どうするんだよっ。ここで上手く逃げ帰れても、すぐにイクリプスは追手をけしかけてボクや皆を狙う」

「……ああ、そうだな」

「これから先、ずっとビクビクしながら暮らせっていうの? そんなの……えられない」


最後の言葉を呟くと、ガックリと小さな体は項垂うなだれた。


それはきっと、彼女のこれまでの辛く長かった時間のせい。


ゲームの中だとしても、他人から向けられる悪意や嘲笑の刃、は気づかぬうちにその人の心を殺してゆく。


自分自身がイクリプスに怯え、逃げ、惨めな思いをしてきたからこそ、俺達にそれを味合わせたくないとキャンディは思っている。


「……こうなったら、もうクダラノはやめるしかないんだよ」


黙り込んだ俺を納得したと理解したのだろうか。


さとすような少し優しい口調が、周囲の喧噪けんそうの中に落とされる。


「また新しくアバター作って、今度はイクリプスに目をつけられないようにひっそりとプレイすればいいじゃん。そういうプレーヤーなんていっぱいいる」


うつむいたまま小さく笑う姿は、いつもの威勢の良いキャンディとは別人のように見えた。


「俺達に逃げろっていうのか?」

「仕方ないだろ。これ以上、皆に嫌な思いをさせたく……」


「俺が、絶対にそんなことはさせないっ」


握ったままだった手に更に力を入れ、俺は怒鳴っていた。


「……え?」


顔を上げ、夢でも見るような瞳が俺を見上げる。


「勿論、俺も、皆も、そしてキャンディも絶対に守る」


まだポカンと口を開けたままの狼少女に、畳みかけるように俺は告げる。


それが、決して嘘や出まかせではないと知らせるように。


「……ば、馬鹿じゃないの」


しかし、キャンディが急に信じられないのも仕方ない。


いや、それが正常な判断だろう。


レベル0の、クダラノを始めて間もない初心者。


そんな奴が、一体なにが出来るというのか。


誰が聞いたって、世迷よまよごとか、はたまた頭がおかしくなったとでも思うだろう。


でも俺は真剣だった。


「嘘じゃない。必ず俺が何とかする。だからキャンディも……俺達の仲間として戦って欲しい」


たった数人のイクリプスを足止めするために死ぬのではなく、俺達と一緒に自由を掴み取るために。


「だから、そんなの無理だって……」


「無理じゃない」


決して大きな声ではないが、きっぱり言い切った俺にキャンディの体がビクリと震えた。


彼女にしてみれば、どこからこんな自信がわいて出るのか不思議でならないだろう。


けれど、俺は今までの人生で一番といってくらいに真剣だった。


「そんなの、信じられるわけ……」

「大丈夫だ」


やがて、苦しそうながらもキャンディの目が初めて真っすぐに俺を見返してくれた気がする。


このまま押し切る。

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