突入③

決まったか?


瞬きする時間ほどの速さの奇襲に、誰もがそう思った。


だが。


「っ!?」


爆風が吹き荒れ、思わず俺は目をつぶる。


煙が巻き上がり、風圧で体が吹き飛ばされるのを必死でこらえた。


「わっ」


宙に浮いたまま押し戻されてしまったカーラもバランスを崩したものの、何とか体を翻して床に着地する。


ブレイブブルが、右手の平を正面に向け不敵に笑っていた。


さっきから苦戦しているあいつの魔法攻撃だ。


「アタルは、早くキャンディを……きゃっ!」


床に膝をついたカーラが言いかけるが、それを許すブレイブブルではない。


暢気のんきにお喋りとは、随分と俺も舐められたもんだな」


奴が右手の親指を弾く度に、衝撃波のように魔法が発射される。


これは風属性か何かの魔法をアレンジしたものだろう。


攻撃力は低いが、ここにいるようなレベルのプレーヤーなら致命傷を負わせることも可能だ。


「うおっ」


次々に飛んでくる衝撃波から俺は逃げ惑った。


何度も言うが、俺に至っては一発でもかすればその場で死んでしまう。


「リーヴィニ!」


そんな中、俺の背後から凛とした詠唱が聞こえた。


振り返ると、この混乱を極める場に颯爽さっそうと躍り出たミドリコの後ろ姿。


その右手が持つ青い刀から、水飛沫がブレイブブルに向かって繰り出されたところだった。


「くそっ」


決して彼にダメージを与えられるレベルの魔法ではないが、一瞬だけその動きがにぶる。


それだけでも、カーラには十分だ。


嘩骨蹴砕かこつしゅうさいっ!」


バネのように飛び上がり、高く上げた足をブレイブブルの頭上に振りかざす。


「いけっ!」


思わず俺は叫んでいた。


それぞれのプレーヤーレベルは、カーラが671、ブレイブブルが420。


真正面から殴り合えば、一溜まりもなくぶちのめせる力の差がある。


だから、カーラのかかと落としがブレイブブルのシルエットにクリーンヒットした時、これで勝った……そう思った。


「……ちっ、俺としたことが」


しかし、煙の中からゆらりと現れた立ち姿。


攻撃を両腕をクロスして受け止めたブレイブブルは、さっきまでと同じようにカーラを睨みつけていた。


何故だ? 即死でもおかしくないはず……。


「うわっ」


戸惑った体を再び衝撃波が襲い、慌てて俺は地面に身を伏せた。


それはカーラも同じようで、一度ブレイブブルから軽やかに飛び退き距離を取る。


「そういうことですか」


体勢を立て直した彼女は、ぽつりと呟く。


舞い上がる煙に囲まれた後ろ姿が、僅かたじろいたように見えた。


「どういうこと?」


尋ねる声に振り返れば、地面をつたってミドリコが俺のかたわらへと這い寄って来る。


無事だったようで安心した。


「通常だと、あれ程レベルに差があれば今のカーラの一撃で倒せてるはずなんだ」


少しだけ上体を起こし、悠然ゆうぜんと仁王立ちをするブレイブブルを見上げて言った。


「ピンピンしてるように見えるけど」

「それは、あいつがタンクタイプだからだろう」

「タンク?」


その説明だけでは伝わらないミドリコに、俺は頷きつつ言葉を探す。


「何ていうか、パーティー内で敵の注意やダメージを引き受ける盾みたいな役割だ」


確かに攻撃力は大したことないと思っていたが、カーラの言うようにそういうことだったとは。


「防御力とかHPに特化したタイプってこと?」


分からないなりにそこまで見通すミドリコはさすがだ。


「そういうこと。あのレベルで守備に全振りされると、レベル差があったとしても倒すのは中々面倒だ」

「持久戦になったら、ヤバいのはこっちだよね?」


不安気に聞かれる通り、もしブレイブブルとカーラの戦いが拮抗きっこうしてしまえば人数的不利なのは俺達。


キャンディを探し回っている間に、他のイクリプスの連中に囲まれて袋叩きにされてしまう。


しかし現実問題として、トップランカークラスのアタッカーでもない限り、ブレイブブルを簡単には退けることは不可能だ。


八方塞はっぽうふさがり……そんな言葉が頭を過って、弱音を吐いてしまいそうだった俺の耳に


「私に、アマテラスくらいの力があれば」


そんな、ミドリコの独り言が聞こえてきた。


「え?」


どこか聞き覚えのあるセリフに、隣を振り返った時。


「オラオラっ、俺を倒すんじゃなかったのかよっ?」


挑発するようなブレイブブルの声と共に、またもや衝撃波が飛来する。


「アタル!」


正面からの攻撃をつい見つめてしまった俺を、突き飛ばす震動があった。


「ミドリコ!」


地面に倒れ込みながら顔を上げれば、切り刻まれた着物の袖が宙を舞う。


ミドリコが、俺の体を庇うような恰好でおおかぶさっていた。

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