突入②

「来るなって言っただろ!」


そういきどおる甲高い返事が部屋のどこかから返ってくる。


ぐるりと辺りを見回してみるが、消えかかった煙幕もまだ顔を判別できるまでには至っていない。


「ふざけるなっ、俺達がどんな気持ちでここに来たと思ってるんだ!」


これは、本当なら言ってはいけないセリフだった。


別にキャンディが助けに来てくれと頼んだ訳じゃない。


彼女からすれば、勝手にここまで来ておいて何を言っているのだという気持ちだろう。


けれど、短い間だが一緒に過ごしたから分かる。


こう言われてしまえば、どうしても罪悪感を感じてしまうキャンディの性格を。


今はゆっくり説得している暇などない。


その罪悪感に付け込んででも、速やかに彼女を連れ出すのが目的だった。


「……ボクは、卑怯者だ」


姿は見つけられないものの、その言葉は近くから聞こえた気がした。


「お前は卑怯なんかじゃ……」

「アタルや皆を騙して、いざとなったら何も出来ないで……それが卑怯じゃなくて何なんだよっ」


金切かなきり声に近い叫びに、思わず俺は彼女を探す足を止める。


「だから、許してもらおうなんて思わない。……せめて、少しでもこいつらを道連れにするしか、ボクにやれることはないんだっ!」


その叫びとともに、また部屋の前方では爆発が3つ起こった。


「キャンディ、どこ? 大丈夫っ?」


ミドリコの声も聞こえてくるが、それも暴風にかき消されてしまう。


俺はここにきて、キャンディがどうして ここにとどまるのか、どうしてこんな行動をとったのか、やっと理解できた気がした。


こいつは本当は責任感が強くて、本当は誰よりも他人を気にする奴。


あの口の悪さやしゃに構えた態度は、そんな弱い心を隠すためのカモフラージュに過ぎない。


それは、どこかで似た者同士の俺だからこそ分かる。


だからこそ。


「キャンディ、もういいんだ。帰ろう」


呼びかけた声は、果たして聞こえているだろうか。


キャンディは、きっと大きな夢と期待を持ってこのクダラノにやって来た。


なのにイクリプスからの勧誘を断ったというだけで、すぐに その笑顔を奪われてしまった。


感受性の強い彼女にとって、疎外そがいされ、邪険じゃけんにされ、嫌われ続けた時間がどれほど心に傷を与えたのか、もっと考えるべきだった。


今のキャンディは、過去のトラウマから無条件にブレイブブルを恐れ、その反動で俺達に対して罪悪感しか感じられなくなっている。


だから、大した効果が得られなかったとしても自分が犠牲になろうと、“イクリプスに一矢報いる”ことだけが目標になってしまっている。


そうすることでしか、俺達に謝る方法が分からなかったのだろう。


「……俺達はな、そんなの望んでねえんだよ」


口にした言葉は、半分はキャンディへ、もしかしたら半分は自分に言っていたのかもしれない。


「お前がどんな性格だろうと、なに考えてようと、どんな過去があろうと……俺達は“今”仲間になったんだろっ?」


そういうもの全部を受入れて、だからこそ新しい道を歩んでゆける。


青臭い青春ドラマみたいなセリフだけど、それでいいじゃないかと心から思う。


「……アタル」


その小さな呟きは、確かに間近まぢかから聞こえた。


そばにキャンディがいる。


どこだ……?


「うるせえな、ベラベラと喋り過ぎだ」


しかし、キョロキョロとする俺の行動はすぐ近くに着弾した魔法攻撃によって中断させられた。


「そんだけ騒いでたら、自分の居場所を教えてるみたいなもんだぜ?」


煙の向こうから聞こえてくるブレイブブルの声。


確かに、これでは俺がどこにいるか丸わかりだろう。


しかし、ここまで近づいたキャンディを諦める訳にはいかない。


俺達の目標はブレイブブルを倒すことではなく、キャンディを連れ帰ることなのだから。


「やれるもんなら……うわっ」


そう言い返す間にも、打撃魔法が砲丸のように次々と飛んでくる。


向こうも当てずっぽうには違いないのだろうが、一発でも食らえば俺の場合は即死なため悠長に構えている余裕はなかった。


「くそっ」


あと数歩でキャンディに届くのに。


ほんの少しの間、この砲撃さえどうにかなれば……。


そんな考えが、頭を過った時。


「貴方の相手は私です!」


後方のドアが吹っ飛び、煙と共に舞い上がる影。


この、最高のタイミングで現れてくれた。


「やっと来たか、臆病者が」


始めてソファから立ち上がったブレイブブルに向かって一直線に駆け抜ける風。


「カーラ!」


足音を響かせて大きくジャンプした体は、そのまま渾身のこぶしを繰り出した。



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