Recognise④

「……なんだ?」


そんな風に切り出されて良い話な訳がない。


胸騒ぎを抑えて聞き返す俺に、目の前の顔は一つ小さく息を吐く。


「私は、皆さんのことが大好きで大切です」

「うん」

「だから、どんな事もでお役に立ちたいし、その為には命を懸けて戦う覚悟でいます」


いつもの優しい彼女から、こんな強い言葉が出てきたことに少なからず驚いた。


「それは、本当に感謝している」

「でも」


しかし、ありきたりな謝辞を口にしようとした俺を、憔悴しょうすいしたような声がさえぎる。


「私の力には……限界があります」


それは、本当はどこかで予想していた言葉だった。


けれど、目の前の出来事に一杯一杯で、どこかで直視したくなくて、見ない振りをしていた現実。


「……ああ」


「今回、1対1で戦えば私はブレイブブルに勝つことも可能だと思っています」


普段の気を遣った言い回しではなく、淡々と事実のみを語る眼差しが俺を見据える。


「そうだな」


カーラのレベルからすれば、ブレイブブルとて簡単に制圧できる程の実力を元々持っている。


戦うことを怖がる彼女がその気になってくれたなら、向こうが油断している分その勝率はかなり高いものになるだろう。


この事実だけを見れば、戦況は俺達の側に有利なようにも思えた。


「でも、それは一時的なものに過ぎません」


だが、カーラの言う通り現実はそう甘くない。


「戦いの連鎖れんさがここで終わるなら、それで良いでしょう。けれど、もしブレイブブルが倒されたとなれば、イクリプスは更に上の連中が出張ってくる」

「そうだな」

「イクリプスにはランカークラスのプレーヤーも数多くいます。そのレベルの敵が数人出てきたら、私は呆気なく敗けます」


それは、慎重なカーラが予防線を張って言ってる訳じゃない。


これから確実に起こる未来を、ただ告げているだけ。


彼女の言う通り、同等レベルのプレーヤーと戦えば、相性にもよるが勝つか負けるかは ほぼ五分五分。


魔法や武器を持たない武闘家というジョブの分、余計にカーラは不利なのかもしれない。


相手が1人でもそんな状況なのに、それが2人、3人と増えたら……。


結果は言うまでもない。


「私は、自分が負けることも死ぬことも怖くはありません。……ただ、皆さんを守りきれず、惨めな結末になることが怖い」


そう言ったきり、思いつめた顔は下を向いてしまう。


彼女をここまで追いつめていたのは、他でもない俺だった。


カーラの力があれば、少なくとも今 戦っている敵とは対等に立ち回れる。


まるで運よくチートアイテムを手に入れたような気分で、その力を都合よく使おうとしていた。


その重圧や、未来の不安を全て抱え込むカーラの心中も考えず。


謝ったところで済むことではないが、俺はその気持ちを伝えなければならなかった。


「ごめ……」

「謝らないでくださいね」


つい下げかけていた頭に、はっきりとした声がかかる。


「え?」

「アタルは、人が良いんだか悪いんだか分かりません」


視線を上げれば、さっきまでの真剣な表情とは変わり、少し可笑しそうに笑うカーラがいた。


「でも」

「私は誰かが悪いなんて思ってませんし、謝って欲しい訳じゃない」


カイザーナックルを右手にはめながら語る横顔に、強がりや虚勢きょせいはない。


「今の私達に足りないものを受入れて、皆で乗り越えられたらいい……そんな風に思っています」


そう。彼女は俺を責めている訳ではない。


事実を述べたうえで、正面から問題に立ち向かおうとしている。


その姿は、とても凛々りりしいものだった。


「……ああ、そうだな」


一方的にカーラを頼りにして、それで1人で右往左往うおうさおうしていた俺とは大違いだ。


「普段はアタルや皆に助けてばかりなのに、何だか偉そうにすみません」


ようやく小さくだが笑えた俺に、急に恥ずかしそうにカーラもはにかむ。


彼女の言っていることは全て正しく、謙遜けんそんなどする必要はないのに。


「そんなこと」


「……私に、アマテラスみたいな圧倒的な強さがあれば良かったのに」


言いかけた俺は、その一言に胸の中央を撃ち抜かれたような衝撃を受けていた。


「ん? どうしたんですか、アタル」


そのまま身動きさえ出来なくなってしまった俺に、気づいたカーラが不思議そうな顔を向ける。


「……あ、いや」

「そろそろ移動したほうがいいかもしれません。引き止めてしまって申し訳ありませんでした」


まだほうけたように立ち尽くす俺に、優しくカーラは笑いかける。


「あ、ああ」


「アタル、何してるの。そろそろ5分経つよ!」


時を同じく、配置位置にやってこない俺にしびれを切らせたらしいミドリコが姿をみせた。


「ああ、悪い」

「ほら、行くよ」


これまでのやり取りなど知らぬミドリコに手を引かれて、されるがまま俺はその場を後にした。



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