Recognise②
「ちょっと見ないうちに言うようになったじゃねえか。俺達にヤキ入れられてピーピー泣いてたくせによ」
高圧的なブレイブブルの言葉に、ズキンと俺の胸が痛んだ気がした。
ブレイブブルとキャンディの間には
キャンディを仲間に引き入れようとしたが断られ、その見せしめに彼女を孤立させた。
ブレイブブルに対して、キャンディがどんな感情を抱いているかなんて俺には想像もつかない。
「……そんなことは、もうどうだっていいよ」
けれど、見えない部屋の中から聞こえてくる声は予想に反してとても静かなものだった。
「なんだと?」
「確かにあの時は、あんたにいいようにされて……それでもクダラノにしがみついてる自分が惨めだった。……でも今はボクのちっぽけなプライドなんてドブに捨てたって構わない」
思いつめた声で語るキャンディに、つい俺達は動きを止め聞き入ってしまう。
「お願いします。ボクはどうなってもいいから、アタル達……ミドリコとカーラには手を出さないでくださいっ」
続く床に膝をつく気配に、思わず息をのんだ。
「ようやく素直になったようだな。おい」
ブレイブブルの声に「はいっ」と威勢の良い返事とともに数人の足音が聞こえる。
「拘束しておけ」
「こいつを使ってあいつら脅しましょうよ」
そう楽しそうに答える声はよく知ったものだった。
「あれ、小林達じゃない?」
俺の横でミドリコが
ただでさえ複雑な状況なのに、また厄介なことになったとうんざりした。
「てめえら何様のつもりだっ」
しかし、空気を震わせるブレイブブルの怒声に小林達の「ひっ」という悲鳴が続いて聞こえる。
「それを決めるのは俺だ。虫けらが意見してんじゃねえよ」
「は、はいっ。すみませんでした!」
敵同士がそんなやり取りをしている中、タイカさん、ビクトリアさん、ボーテさんがそっとこの場にたどり着き合流した。
「行こう」
これ以上ただ様子を見ていたら、キャンディを救出するタイミングを逃す。
人数が揃った今がチャンスだ。
そう判断した俺は、立ち上がり部屋のドアへと手をかけた。
「うん」
「了解です」
身構えていたミドリコとカーラもそれに続き
「キャンディを返せ!」
威勢よくドアを蹴破った俺……だったのだが。
「アタルっ」
思ったよりも広々としたコンクリートの床に座り込み、何故か右手を宙に掲げるキャンディ。
その周りでは予想通り小林、竹内、木暮がロープを持ってその体を囲んでいる。
キャンディの正面には、檀上のソファで脚を組むブレイブブル。
そんな光景を一瞬で視界に収めた俺に
「逃げろ!」
キャンディは叫んだ。
「え?」
「アタル!」
馬鹿みたいにポカンとしてしまった俺の体を、背後からカーラの声が掴んで引っ張る。
同時に世界には閃光が走り、再び煙が溢れ出した。
一体、何が起こったんだ……?
訳など分からないままだが、カーラのお陰で部屋の外に連れ出されていた俺は倒れ込んだまま そんな光景を茫然と眺める。
「うおっ」
「なんだ、これ」
部屋の中からも混乱する様子が伝わってきて、俺はキャンディが掲げていた手に小さなカプセルが握られていたのを思い出した。
「あの中身は毒ガスです」
カーラが早口に言いながら俺の顔に布を押しつける。
「ふぁんふぁって?(なんだって?)」
状況についていけず、間抜けに聞き返す俺だったが
「全員、口と鼻を押さえろ! 煙を吸い込むな!」
聞こえてきたブレイブブルの号令にハッとして、
ちなみに、この布はどこから出てきたのだろうかと一瞬思ったが、そういえばミドリコやカーラは普段からハンカチやおやつをアイテムボックスに入れて持ち歩いている。
「キャンディ、最近毒系の魔法をずっと研究してたみたいなの」
少し部屋から離れた場所に座り込んだ俺にミドリコが教えてくれた。
ということは、俺が部屋に押し入った時に持っていたカプセルがそれということか。
「てめえ、大人しく俺の言いなりになるんじゃなかったのか?」
部屋の中からは怒り狂うブレイブブルの声が聞こえてくるが、あの毒ガスと煙の中ではあいつも思うようには動けまい。
とりあえず、現状はキャンディの身は無事なようで安心した。
「最終的にはそうしてやるよ。……けど、それまでにあんたらの勢力をちょっとでも削ってやる!」
そんな言葉とともにもう一度爆発音が建物を震わせる。
あいつ、どこまでやるつもりだ……。
「さっきの仲間の命乞いは俺を油断させるための嘘か。ひねくれ者のお前らしいな」
呼吸が苦しそうなブレイブブルが吐き捨てるように言うが、果たしてそうだろうか。
俺には、あの
『ボクはどうなってもいいから、アタル達……ミドリコとカーラには手を出さないで』
という言葉だけは、何だか本心のような気がしてならなかった。
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