Recognise①

建物の中からは濛々もうもうと煙が溢れ出し、数メートル先の視界さえきかないような状況。


一体何があったらこんなことになるのか……。


煙と共に屋内から脱出してくる恐らくイクリプスサイドのプレーヤー達を眺めていた俺は。


「アビー!」


そう叫び、煙に向かって走り出すタイカさんの声を聞いた。


「え?」


驚いて目を向ければ、確かにすすに汚れた見慣れた顔が建物内から飛び出して来る。


「無事だったか!」

「助けに来てくれたの? ありがとうっ」


ガシッと抱き合って再会を喜ぶ2人に、俺達はとりあえずは胸を撫で下した。


まずはアビーが無事で本当に良かった。


彼を助け出すという目標の一つは達成できたことになる。


「お前、一体どうしたんだ?」


近づいて話しかけると


「なんだ、アタルもいたんだ」


タイカさんとは打って変わり生意気な態度をとられたが、まあ今日だけは勘弁してやろう。


「俺、エリアで修行してたらイクリプスの奴等にさらわれて、ここに連れてこられた。それで、この建物の中でブレイブブルに捕まってたんだ」


まだ白い煙を吐き出す古いアパートのような建造物をアビーは見上げる。


「でも、キャンディが助けに来てくれた。『ボクと交換でその子を放せ』って」

「それで、キャンディはどうしたっ?」


思わず両肩を掴んでしまった俺から、そのつぶらな瞳は目を逸らす。


「俺と入れ違いにブレイブブルへ近づいた時、カプセル?みたいなのを幾つか取り出して投げつけてた。そしたら それが爆発して……」

「カプセル?」


「あ、それって多分 魔法サンプルだと思う」


魔法サンプル。


ミドリコの一言で、俺もピンときた。


「それって、どういうものなの?」

「要は武器に魔法を込めるのと同じで、小さいカプセルに魔法を入れておくんです」


尋ねるビクトリアさんにカーラが答える。


その説明はおおむね正解で、以前にスィーティーが小瓶の中に色々と詰め込んで配っていたのと同じ原理だ。


カプセルの中に魔法を入れて持ち運べるというのは、威力こそ小さいが色々と使い道がある。


例えば、この間のイベントも光属性魔法をカプセルに入れて持っていけば、あんなに苦労はせずに済んだ。(イベント内容を事前に知らなかったから仕方ないのだが)


この技術はスィーティーが大分前に発明したもので目新しくはないが、その難易度から作製することの出来る者は限られている。


1人で魔法を込めるところまで再現できるキャンディはやはり只者ただものではないのだろう。


「じゃあ、そのカプセルに爆発系の魔法でも入ってたってことか?」


タイカさんの言葉にアビーは頷く。


「それに煙幕の魔法も一緒に使ってたと思う」


それで、こんなにけむくなっているということらしい。


「とりあえず、キャンディを探そう!」


そういう話ならば、事態は一刻を争う。


俺は煙に向かって走り出した。


 やはり建物の中はまだ煙幕が収まらず、そこかしこでイクリプスと思われるプレーヤー達が苦しそうに咳き込んでいた。


「おい、ブレイブブルはどこだ?」

「あっちだ」


その中の1人に話しかけたのだが、答えは背後から返ってきた。


振り返ると、すっかり存在を忘れていたドラキが俺の後ろに立っている。


「お前、なんで」

「いや、一応お前らを案内するのが仕事だし。金もらってる分は働かないとな」


そんなことを言うこいつは、いい加減なのか律儀りぎちなのかいまいち分からない。


しかし、今はその言葉に頼るしかなかった。


「ブレイブブルの他に仲間はいるの?」


ミドリコとカーラも走る俺達への後ろへと追いついてくる。


「まあ護衛は数十人はいるだろうな」


それなら、この爆発騒ぎで何人か離脱したとしても、かなりの敵が待ち構えていることには変わりない。


けれど、キャンディがかき回してくれたことで隙は出来た。


これにじょうじて、キャンディを回収して脱出するのが唯一の生存ルート。


その後のことは、その時に考えるしかない。


そんなことを考えながら廊下を走っていると、ホールのようなドアの前に辿り着く。


「ここにブレイブブルさんがいる」


ドラキが言う通り、煙はこの半壊したドアの間から漏れ出している。


「行こう」


悩んでいる時間はない。


意を決してドアを開け放した俺だったが。


ドオォン


という、爆発音が再び聞こえてきて危うく爆風に巻き込まれそうになった。


「あっぶねえ」


慌ててドアの陰に隠れたからいいようなものの、あの威力をくらったらHP1の俺などすぐに強制ログアウトされてしまうだろう。


「どうした、どうした。そんな小便みてーな爆発じゃ、この俺に傷一つつけられねえぞ」


そんな俺とは裏腹に、部屋の中からは余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった風な野太い声が聞こえてくる。


聞き覚えがある、ブレイブブルに違いない。


「お前になんて犬の小便だって勿体ないだろ」


そして汚い言葉で言い返すのは、間違えるはずもない。


キャンディの声だった。

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