暴発②

あっという間に火は消えてくれ、俺はほっと胸を撫で下ろした。


けれど、アカネが作ったキャビネットと、その上に飾ってあったヒロカが育てた花は無残に焼け焦げていた。


「……ごめん」


水をかぶせてしまったミドリコが小さく謝るが、アカネとヒロカは大きく首を振る。


「なに言ってんだよ、ミドリコは悪くない」

「そうそう。火を消してくれなかったら、家ごとなくなってたよ」


「でも」


信号機トリオのこんな姿を見るのがしのびなく、目線を逸らした俺は床にひらりと落ちた何かに気がついた。


「これは」


1番近くにいたカーラが拾い上げたのは、メモ用紙ほどの大きさの紙片しへん


明らかに外から舞い込んだものだった。


魔法紙まほうしか」


見覚えがあるそれを、俺はカーラから受け取る。


「魔法紙?」

「魔法を込めた特殊な紙だ。火で焼いても燃えず水を浴びせても濡れない」


代表的な魔法アイテムの一つだが、それが今ここにあるというのは決して良いしらせではないだろう。


そして、やはりその予測は当たってしまった。


「なんて書いてあるんだ?」


背後からアカネに尋ねられた声に、魔法紙に書かれた文字を読んだ俺はすぐには答えられなかった。


「アタル?」


「アビーが、イクリプスの奴等にさらわれた」


なるべく冷静に言ったつもりだったが、僅かに言葉が震えるのが自分でも分かった。


「……え?」


慌てて3人娘とカーラが駆け寄り、俺の手の中に魔法紙を覗き込む。


間違いなく、そこには


『アビーとかいうガキを預かっている。返して欲しければ、カーラ、キャンディ、ミドリコのうちの誰かと交換だ』


そんな、あいつらのにやけ顔が浮かんできそうなセリフが記されていた。


「は、はあ? なに言ってんの」

「勝手に誘拐して、勝手に取引きとか」


アカネとヒロカが俺の手から奪った紙を丸めて怒りの声を上げる。


それはここにいる名前を出されたメンバーへの気遣いもあっただろう。


「こ、こんなの気にすること……」


けれど、言いかけたアカネの言葉はそこで止まってしまった。


気にしなければ、アビーはどうなる?


気にすることない。


そう言い切ってしまったら、自分に責任が取れるのか?


誰の頭にも、暗い不安と恐怖がよぎる。


「くそっ」


そんな恐れに硬直してしまった俺達の中で、唯一動き出す影がっあた。


「キャンディっ」


床を蹴るように駆け出した小さな手が、ヒロカが持つ魔法紙を奪って家の玄関へと向かう。


あいつ、何をする気だ……?


そんなの、考えなくても分かる。


アビーを助けるため、自分が身代わりになるつもりだ。


「ダメだ、行くな!」


そんな俺の言葉は、玄関から吹き込んだ強い風によってかき消された。


皆が追いかけたものの、その背中は既に外に飛び出して小さくなっている。


「キャンディを連れ戻さないと」

「待て」


しかし、後を追おうとするヒロカを、すんでの所で俺は引き止めた。


「ヒロカとアカネはこの家にいてくれ」


今 外に出たらイクリプスの連中に何をされるか分からない。


まったく戦闘の心得のない2人がこのセキュリティに守られた家から出るのは危険すぎた。


「……でも」

「キャンディは、必ず俺達で連れ帰ってくる」


不安そうなヒロカとアカネに告げ、今度はミドリコとカーラの顔を振り返る。


「……うん。絶対一緒に帰ってくるから安心して」

「そうです、私達に任せてください」


その意をみ取った2人も大きく頷いてみせてくれる。


「……分かった」


それを、アカネとヒロカは静かに受け入れた。


きっと、こんな時に何も出来ないというのは何より苦しい。


けれど冷静に自分の置かれた状況を判断して身を引けるのは、ガムシャラに動き回るよりずっと勇気のいることだ。


「キャンディのこと、よろしくお願い」


「ああ、行ってくる」


そんなヒロカの一言を噛みしめ、俺、ミドリコ、カーラは外へと踏み出した。


 てっきりイクリプスの奴等が待ち構えてると思ったが、周囲に人の気配はなかった。


「どこに行ったと思う?」


ミドリコに聞かれ、俺は一度立ち止まって考える。


魔法紙には、アビーを預かったという文言だけが書かれていた。


交渉の場所などが指定されていないということは、俺達のほうから出向けということだろう。


「それなら、イクリプスの基地やたまり場だろうな」


恐らくキャンディもそう考え行動しているはずだ。


「心当たりはあるか?」


尋ねると、カーラが険しい表情でこくりと頷く。


「この周辺のイクリプスをまとめているのはブレイブブルです。彼の拠点がレベル15エリアにあります」


俺達の行き先は決まったようだった。

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