予兆②

「おい、あっちで火があがってるってよ」

「表通りのほうか?」


通りかかった町の住民が、不吉な会話をしながら俺達を追い抜いて行く。


何だか嫌な予感がした。


「あの方角って……」


同じことを思ったのか、ミドリコが俺の顔を見て不安そうな声を出す。


「……行ってみよう」


黒い煙に向かい、俺達も走り出した。


 

 その予感は的中してしまった。


俺の目の前には、轟々ごうごうと燃え盛る建物と、それを茫然ぼうぜんと見上げる武器屋のオヤジ。


皆で一生懸命 建て直したあの店は、音をたてて崩れ落ちた。


「どうして、こんな……っ」


思わず飛び出してしまいそうなミドリコを、俺とカーラで慌てて押さえつける。


「大丈夫だ、すぐに鎮火ちんかする」


そんな俺の言葉通り、既に集まっていたプレーヤーが水の魔法を浴びせて炎はすぐに弱まった。


しかし、その後に残ったのは無残な店の残骸ざんがいだけであった。


「だ、大丈夫ですか?」


ミドリコが近づき声をかけると、立ち尽くしていた武器屋のオヤジは現実に返ったように顔を上げた。


「あ、ああ……。まったく、直したばかりなんに参っちまうぜ」


言葉だけはそんなことを言うが、かなり憔悴しょうすいしきっているのはその顔を見れば分かる。


「一体、誰がこんなことを」


当然のいきどりを何気なくカーラが呟く。


しかし その瞬間、集まった町の人々が一斉に俺達から目を逸らした気がした。


「え?」


普段は、常に活気にあふれて賑やかなトリアエズの大通り。


その空間が、不気味なほどに静まり返る。


「皆、どうしたんだよ」


「君達、本当に気づいてないのか?」


狼狽うろたえた俺に答えたのは、聞き覚えのある声。


振り返ると


「ボーテ、さん?」


イベントの時イクリプスに絡まれていたのを助られ、そのままタイカさんのパーティーに入ったあの男性プレーヤー。


その人が顔をゆがめて俺達を睨みつけていた。


「気づいてないって、どういうことですかっ?」


「待てっ」


カーラが聞き返すと、別の方向からの声がそれを遮った。


「タイカさん」


視線を向けると、この場にいま駆けつけたタイカさんと、その後ろにはビクトリアさんとアビーの姿も見える。


「これは彼等には関係ないだろう」

「関係ない訳ないでしょっ。何で皆 黙ってるんですか!」


到着したタイカさんがボーテさんへさとすように言えば、悔しさをにじませた声が怒鳴り返す。


その先は、聞きたくないと思った……。


「こいつらのせいで、関係ない人達が酷い目に遭ってるっていうのに!」


それは、最悪の予想が当たってしまった瞬間だった。


 中々話してくれないトリアエズの町の皆を説き伏せて聞き出した話は、こうであった。


世界樹の家にセキュリティを入れたことで、直接の嫌がらせが出来なくなったイクリプスは、その矛先ほこさきを俺達に関わりのある人々へと変更した。


武器屋のオヤジ、大工のじいさん、商店街の皆、それにタイカさんのパーティー。


はっきりとは教えてくれなかったが、相当えぐい事もされたらしい。


けれど、それを誰も俺達には伝えなかった。


「イクリプスが勝手にやってるだけで、お前さん達は何も悪くないんだからな」


そういたわるように言ってくれてた大工のじいさんの言葉に心が痛んだ。


「あいつら、君達が降参するよう仕向けろって僕達へ圧力をかけてきたんだ」


先ほどよりは少し落ち着いたボーテさんが教えてくれた。


「なんで……」


言ってくれなかったんですか。


とは口にできなかった。


それを言えば、俺達は町の皆に迷惑をかけないためイクリプスに屈する道を選んだかもしれない。


それをさせまいと、自分達が犠牲になっても黙っていてくれた。


俺達は、守られていることも知らずのうのうと過ごしていたんだ。



 なんで言ってくれなかったんですか。


確かに俺はその時そう思った。けれど、すぐに同じ気持ちを味わうこととなる。


知ってしまった事実を、この場にいなかったヒロカ、アカネ、キャンディに伝えないといけない。


けれど、中々それが言い出せない。


一度口に出してしまえば、どれだけ皆が傷つくか、責任を感じてしまうか。


秘密裏ひみつりに自分だけで処理が出来るなら、どんなに困難だったとしても俺はそうしていただろう。


しかし、隠しておく事はもはや不可能なところまできてしまっている。


なるべく冷静に、そして事実のみを俺は世界樹の家の広間で皆へと伝えた。


「……そんな。私達のせいで」

「トリアエズの皆が……」


特に町の人達と関わりの深いヒロカとアカネのショックは大きかったようで、しばらくは放心状態だった。


「うち、何も知らないで昨日も大工のじいさんと会ってた……」


暗い表情でアカネが語る通り、イクリプスからの攻撃を受けている間も彼等は俺達と普段通り接してくれていた。


その優しさが、今では刃となってこの心をつらぬく。

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