予兆①


 そんな風に綺麗にまとまった雰囲気になったが、当然 現実(仮想現実だが)はそう上手くはいかない。


 その日も、突然の窓ガラスの割れる音で俺達は世界樹の家の広間へと駆け集まった。


「また……」


床の上に散らばったガラスの破片を見つめたヒロカが感情を押し殺した声で呟く。


「あいつらっ」


アカネが勢いよく玄関の扉を開けると、数人の男が笑いながら逃げ去ってゆくところだった。


以前も見たことのあるイクリプスの連中だ。


「ここは、私が片づけておきますね」


辛そうな表情を浮かべたものの、無理に笑顔を作ったカーラがほうきを取りに背中を向ける。


「ああ、ありがとう」


そう呟いたものの、俺にはそれ以上言える言葉はなかった。


 カーラが仲間になってからすぐ、毎日のようにイクリプスのからの嫌がらせは始まった。


俺達としても前みたいに家に乗り込んでこられたらたまらないので、ヒロカとアカネのポイントを使って家のセキュリティシステムを導入した。


これは“登録したプレーヤーまたはそのプレーヤーが許可した者以外は所有する土地に入れない”というルールを敷くもので、どんなプレーヤーであっても勝手にこの家に立ち入ることは不可能となる。


実際イクリプスの連中の侵入は防げるようになったのだが、奴等は悔し紛れに敷地外から石やゴミを投げ込んでくるようになったのだ。


「キャンディに窓ガラスが一瞬で直る魔法でも開発してもらわなくちゃ」


場を明るくするためミドリコが茶化して言うが、当のキャンディは暗い表情のまま俯いていた。


「今日はエリアに出るのは止めにするか?」


ガラスをくカーラの姿を見つめながら俺が言うと、皆は顔を見合わせたが


「いいよ。行ってきなよ」

「それこそ、あいつらの思うツボだろ」


ヒロカとアカネが背中を押してくれた。


「……ありがとな。なるべく、早く帰ってくるよ」



 カーラが仲間になってからは、俺、ミドリコ、カーラの3人でエリアに出るようになった。


高レベルプレーヤーが入ったことで、今まで行けなかったエリアにも進出できるようになり、今までよりも効率的にレベルアップが出来る。


俺達の作戦としては、イクリプスに対抗するためカーラの他に戦闘にけたプレーヤーを増やすことが急務であり、それは既に基礎が出来ているミドリコしかいないという結論に至った。



 「ミドリコ、今だ!」


俺がアトラクトで2匹のモンスターを正面衝突させ、衝撃でフラフラとしている様子を認めるてすかさず叫ぶ。


「やああっ!」


素早く反応したミドリコは、返す刀の斬撃でその2匹を鮮やかに倒してみせた。


モンスターは消滅し、経験値のポイントがミドリコのステータスに蓄積ちくせきされた。


最近の彼女は、魔法と同時に物理攻撃の腕も順調に磨いている。


難易度の高いエリアのモンスターを倒せば、その分レベルアップも早い。


カーラや俺が敵にダメージを負わせ→とどめを刺したミドリコが経験値を獲得→レベルアップ


このやり方が一番手っ取り早いだろうと実践じっせんしているが、それに応えるように彼女は驚異の早さでレベル5にまで到達している。


「少し休むか?」


息をはずませるミドリコに声をかけるが、首の汗を拭う横顔は首を横に振った。


「もっと強くならなくちゃ」


これは、最近の彼女の口癖。


以前は1匹のモンスターを倒すのに、悩み、工夫し、けれど楽しそうに戦っていた。


だが今は、レベルを上げることがまるで義務になってしまっている。


そんな姿が心苦しくもあり、何も出来ない自分を不甲斐なく思った。


「でも、あまり根を詰めすぎても良くないですよ」


そんなミドリコに、カーラは優しくタオルを渡しながら言う。


「うん。分かってはいるんだけど……」

「休養も大切な修行の一部ですから」


そう励ましてくれる武闘家に、やっとミドリコも緊張がほぐれたようだった。


「そうだね、ありがとう」

「そうですよ、今日は帰りに甘いものでも食べて帰りましょう」


泣き虫だが、普段は楽観的なカーラに俺達は大分救われていた。


彼女がいればイクリプスも正面切って絡んでくることはないし、本当に助けられている。


「経験値も稼げたし、今日はそろそろ帰るか」


俺もそう告げると、少し残念そうではあるがミドリコは素直に頷いた。


彼女は現実では部活のほうで大会も勝ち進んでおり、きっと休む時間も心の余裕も無いはずだ。


それでも責任感の強い性格に頼り、負担をかけてしまっている。


どうにかしなくては いけない……。


 そんなことを考えながら ぼんやりと歩いていた俺は、前を行くミドリコとカーラがトリアエズの町へ向かっていることに気がついた。


甘いものを食べていくという話は本当だったらしい。


まあ、たまには俺もつきあうか。


なんて思いながら、もはや見慣れてしまったトリアエズの入口をくぐったのだが。

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