自宅攻防戦③

「あ」


思い出したような天の声が聞こえてきて、俺達はこの攻防戦が終わったことにやっと気がついた。


「……カ、カーラさん」


モヒカン達の亡骸を前に、うつむいたまま立ち尽くす背中。


あんな姿を見た後なだけに、なんと声をかけたら良いのか分からず戸惑ってしまったが。


「……こ、怖かったあああっ」


カーラさんは、その場にペタリと座り込むと大声で泣き始めた。


またか……。


ちょっと呆れたものの、何だかそんな姿に安心してしまう自分もいた。


「ほら、涙拭いて」

「すごかったよ!」


ミドリコ、ヒロカ、アカネに囲まれて泣きじゃくるのは、とてもさっきまで無双していた強プレーヤーだとは思えない。


「わ、私のせいで、こんなことになって ごめんなさい」


振り返って謝られるが、それは間違いだ。


「どっちにしろ俺達もイクリプスに目をつけられてた。逆にカーラさんがいてくれて助かったよ」


そう笑い返すと、グスグスとした顔がわずかだが明るくなる。


「ほんと、ですか?」

「ああ。俺らだけだったらんでた」


実際、これでイクリプスもしばらくは正面からちょっかいをかけてくるのは控えるだろう。


あくまで、正面から……だが。


「それなら、良かったです」


少し落ち着いたのか、ようやくカーラさんにも少し笑顔が戻る。


「でも、何でそんなに強いのにソロで活動してたの?」


ふとミドリコが口にした問いは、俺も大いに気になるところだった。


あれだけ強ければ競技トーナメントにもエントリーされているはずだし、どこかで名前くらい聞いていてもおかしくない。


なのに、彼女は全くの無名プレーヤーであった。


「私、人と争うのは苦手で。なるべく他のプレーヤーやイベントには関わらないようにしてるんです」


はばかるように語られる話に、俺は首をかしげる。


「クダラノを初めてどれくらいなんだ?」

「えーと、リアルの時間で今年で7年目です」


クダラノが正式にオープンしたのは8年前だから、確かに古参プレーヤーではある。


しかし、それだけで武闘家なんてニッチな職業でそこまで強くなれるだろうか?


魔法使いや戦士、ヒーラーなど人気の職業ならいくらでも育成のノウハウが確立されているが、武闘家は最近ではほぼ見かけない。


「私が最初にクダラノに来た頃、面倒を見てくれた師匠が武闘家だったんです」


そんな疑問に答えるように彼女は説明する。


桜師老ろうしろうって方で、普段は山でひとり修行をしていて」

「桜師老っ?」


その名に、つい俺は声をあげていた。


「アタル、知ってるの?」

「……あ、いや。それって伝説のプレーヤーじゃないか?」


ヒロカにはブンブンと首を振って誤魔化したが、俺はその人を知っている。


「ご存知なんですか?」

「た、確か、クダラノが試作だった時代からの最古参だけど、誰とも関わらずひたすらどこかの秘境にこもっているとか……」

「はい、その方です」


嬉しそうに頷く声で、俺の脳裏には偏屈へんくつそうな老人の顔がありありと思い起こされた。


「なにそれ、仙人じゃん」

「確かに少し変わってますが、他のプレーヤーと馴染なじめなかった私を拾ってくれた優しい人なんです」


アカネに答えカーラさんは微笑む。


本当にその師匠である桜師老を尊敬しているのだろう。


彼は、アマテラスやインティのすぐ後にクダラノにやって来た。


その頃から独特の哲学を持っていて、モンスターといえど丸腰の相手に武器を持って戦うのは卑怯なり、と素手での戦闘にこだわっていた。


武術を極めし者は、魔法以上の奇跡を起こす。


例のこれは、彼の言葉である。


やがてクダラノに人が増え始めてにぎやかになると、「本当の武勇とは他者と競うにあらず」と言い残し、どこかの山奥へと消えていったのだった。


それ以来 彼とは会っていないが、今もひっそり修行を続けているという話だけは風の噂に聞いていた。


まさか、カーラさんがその弟子だったとは。


「じゃあ、カーラさんさんも1人で修行を?」

「はい。7年間 辺境の土地で黙々もくもくとモンスターを倒してたらレベルばっかり上がっちゃって」


テヘと笑ってみせるが、他のプレーヤーが来ないような地にいるモンスターが弱い訳もなく、それを毎日討伐していればそりゃ あんなに強くもなるはずだ。


「だから、そんな私を皆さんがかばってくれて、嬉しかったんです」


一つ息を吐いて、カーラさんは穏やかな声で話し出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る