逃げる女②
さすがにこれだけの人数が相手では分が悪い。
なんせ、こちらは攻撃魔法を持っているのはミドリコ1人だけ。
彼女に広域魔法で攻撃してもらっている間に、俺がこの女性を連れて逃げるか?
いや、それではミドリコが取り残されてしまう。
フユウもこの状況では、敵に飛行魔法を使われたら終わりだし。
どうしたものかと、若干焦る気持ちで周囲を見渡した俺の耳に
「アタル、私がポイントを何と交換したか知りたがってたよね?」
背中合わせになったミドリコの そんな声が聞こえてきた。
え、確かにそれは言ったが……。何故このタイミングで?
頭の上に疑問符が浮いていたであろう俺の手が唐突に握られる。
「は?」
その本人であるミドリコへ向き直ると、彼女のもう片方の手は武闘家風女性の腕に触れていた。
何がどうなっているのか さっぱり分からない俺だが、目の前のイクリプス達は当然待ってなどくれない。
「なにゴチャゴチャやってんだよ!」
「フユウ!」
勢いでやってしまったものの、この先どうするか。
そんなことを考える俺の手を掴んでいたミドリコの手に少し力が入った。
なんだ? と思った矢先。
「ホームオン」
彼女が宣言したと同時に、俺達の体は七色へと透き通る。
この魔法は……。
「うわああああー-!」
と思ったのと、アカネの悲鳴が聞こえたのは同時だった。
次の瞬間、俺達は世界樹の家の床に思い思いの恰好で落下していた。
「え、アタル、ミドリコ!?」
「どっから出てきたんだ?」
騒ぎを聞きつけてヒロカとキャンディもドアを開けて雪崩れ込んでくる。
「……いや、色々あって」
まだ名前を知らない女性の体に
“ホームオン”はどこにも属さない特殊魔法の一つだ。
一ヶ所だけ基点を決められ、呪文を唱えればクダラノ内のどこにいても一瞬でそこに帰って来られる。
大抵のプレイヤーは自分の家や拠点、基地を登録しておくのでこの名がついたのだという。
「へえ、それと交換したんだ」
アカネの言うように、150ポイントを払ってミドリコはこの魔法を手に入れた。
最近は出掛ける範囲も広がり、皆と一緒にいられる時間が少なくなってしまったので……という彼女らしい理由からだった。
ホームオンは、魔法を唱える者と接していれば何人でも運搬可能。
ミドリコが俺達の手を取ったのには、そんな訳があったのだ。
「それで、こちらは」
ヒロカにつられ、皆が視線を向けた先。
広間のテーブルの端に座って、武闘家風女性は申し訳なさそうに俯いていた。
「あ、あの……。さっきは助けてくれたありがとうございました」
大柄な体格とは真逆のオドオドとした小さな声。
「私は、カーラといいます。一応、職業は武闘家です」
俺の予想はまたもや当たった。
「なんで、イクリプスに追われてたの?」
ミドリコがその名を出した途端、俺の斜め向かいに座るキャンディの体が小さく震えた気がした。
「……私、クダラノでは ずっとソロで活動してたんですが、少し前に
「ああ、それがイクリプスだったのね」
呆れたようなヒロカの呟きにカーラさんは驚く。
「どうして分かったんですか?」
「他にも同じような目に遭っている人に最近会ったの」
「そう、なんですか……」
そう言ったきり、そのグリーンの瞳は膝の上で握りしめた自分の両手を見つめた。
「最初は楽しくやってました。でも、ある時 街の武器屋からあるアイテムを
「ああ」
そこまで言われれば、その後のことは大体想像がつく。
「要は、脅して奪って来いってことだったんだな?」
俺の問いに、カーラさんはこくりと頷いた。
「その武器屋がショーウインドウに飾っている高価な品で、とても普通のプレーヤーが買える値段じゃないから……」
そこまで言って黙り込んでしまったカーラさんに、俺達はぎょっとした。
「店主を脅せとか、それでもダメなら盗んでこいとか。どうして そんな酷いことが言えるの……う、うわああぁん!」
いい大人がこんな豪快に号泣する様を俺は初めて見た。
「お、落ち着いてっ」
「もう大丈夫だから」
ヒロカやミドリコにハンカチを渡され、それで鼻をかんだカーラさんはまた泣き出す。
多分、とても心が優しい人なんだろう。
そんな人が他人を傷つけたり怖がらせるなんて出来るはずがない。
それでイクリプスの命令を拒否するために逃げ出したが、気づいて追いかけられ、そこで俺達と出会ったということらしかった。
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